苦手分野のテストは苦痛でしかない――1
五月が終わり六月に入った。
朝、着替えを終えた俺がリビングダイニングに向かうと、キッチンで蓮華が朝食の準備をしていた。
「おはよう、蓮華」
「おはようございます、秀次くん!」
蓮華が振り返り挨拶を返す。
ちょうど朝食を作り終えたのか、蓮華がエプロンを外し――唐突に両腕を広げて、ドヤ顔を見せてきた。
「どうでしょうか!?」
「ん? ああ、今日から衣替えだもんな」
蓮華の制服は、冬服である紺のブレザーから、夏服である白い半袖シャツに替わっている。半袖であるため、モデルのように長くしなやかな腕がさらされており、少しだけドキッとさせられた。決して明かしはしないけれど。
「涼しげでいいな」
「どうでしょうか!?」
「まあ、似合ってるんじゃないか?」
「どうでしょうか!?」
「……とても魅力的です」
「ありがとうございます!」
しつこく
「秀次くんもとっても似合っていますよ? カッコいいです」
「そ、そうか」
溜息をついていると、蓮華がニヘーと頬を緩めながら俺の格好を褒めてきた。賞賛の言葉と、人懐っこい笑顔に頬が熱くなる。
パーティーでの一件以来、蓮華はいまの笑顔のように、子どもっぽい一面を見せるようになった。まるで、心を許しきったかのように。
これまでは、『綺麗:七、可愛い:三』だった蓮華のイメージが、いまでは、『綺麗:四、可愛い:六』くらいになっている。その影響か、より蓮華を魅力的に感じるようになってしまった。俺としては複雑だ。
「と、とりあえず、朝食にしないか? せっかく作ってくれたんだ。早く食べたほうがいいだろう」
「そうですね。いま運びます」
コホン、と咳払いをして、動揺を悟られないように話題を逸らす。蓮華は特に気にかけることなく、朝食をトレイに載せて運んできた。上手く話題を逸らすことができて、俺は密かに安堵の息をつく。
ダイニングテーブルに朝食が並んだ。その献立を見て、俺は眉をひそめた。
「なんか、精のつく食べ物ばかりじゃないか?」
朝食であるにもかかわらず、メインとなるのはガッツリ系の、牡蠣とニラの中華炒め。脇を固めるのは、アサリの味噌汁、山芋とオクラの
疑問に思う俺に、蓮華がニコニコとした顔で答えた。
「もちろん、夜の営みに備えてです♪」
「よし、俺は朝食抜きでいい」
「というのは冗談です」
「……過激な冗談はやめてもらえるか? きみが言ったら本気に聞こえてしまう」
「まあ、半分は本気なのですが」
「一気に不安になったんだが?」
俺が頬をひくつかせると、蓮華がクスクスと笑みをこぼした。俺をからかって面白がるところは、パーティーの一件を経ても変わっていない。子どもっぽい一面を見せるようになったついでに、おとなしくなってくれればよかったのに。
いまだに警戒しながら席に着くと、蓮華が理由を打ち明けた。
「今日はスポーツテストがあるじゃないですか。そのために活力をつけてほしいと思ったんですよ」
「なるほど。たしかにあるな、スポーツテスト」
『スポーツテスト』と聞いて、納得すると同時に俺は憂鬱になった。そんな俺の様子に、蓮華が目をパチクリとさせる。
「元気がないようですが、どうしたのですか?」
「俺、苦手なんだよ、運動」
はあぁ……、と深く溜息をつく。
いま言ったとおり、俺は運動全般が苦手だ。バスケではドリブルすらまともにできないし、ハードル走ではすべてのハードルに引っかかってしまうし、マラソン大会ではもれなくビリだった。
「運動音痴な俺にとって、スポーツテストは苦痛でしかないんだ」
「なるほど」
蓮華が納得の頷きをして、「ですが」と俺を見つめてくる。
「未来の妻としては、秀次くんのカッコいい姿を見てみたいです」
「無茶を言うな。俺は文武両道なきみとは違う。カッコいい姿なんてとてもじゃないけど見せられないよ」
苦虫を噛みつぶしたような顔をする俺に、蓮華が穏やかに微笑みながら言ってきた。
「そんなことはないですよ。秀次くんが一生懸命に頑張っている姿が、わたしにとっては一番カッコいいのですから」
「……頭の片隅に留めておく」
ふいっと顔を背けながら、俺はぶっきらぼうにそう返した。
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