デートは視察とともに――2
「そ、それで、今日はなんの用です? また頼み事ですか?」
『よくわかったね。その通りだよ』
声色に感心を滲ませて、父さんが用件を告げた。
『一年前にオープンした大型複合商業施設があるだろう? そこに、視察に行ってきてほしいんだ』
父さんが言っている大型複合商業施設とは、都心の駅前にあるショッピングモールのことだ。山吹グループが運営している十一階建ての建物で、なかには様々な専門店が並び、一〇~十一階にある水族館を目玉にしている。
「あそこは繁盛していますけど、視察が必要なんですか?」
『繁盛しているからこそ必要なんだよ。調子がいいからと油断しているかもしれないだろう?』
「なるほど」
『ちなみに、視察に向かうことは店側には伝えていない。それでは意味がないからね。抜き打ちテストのようなものだよ』
父さんは朗らかに語っているが、その内容は経営者らしく、厳しいものだった。店が繁盛していれば、『自分はスゴいんだ』と傲慢になり、客をおろそかにする者も現れるだろう。そうなっているかどうかを確認するために、父さんは抜き打ちテストをするのだ。事前に伝えた場合、態度を
『きみにはあくまでお客様として向かってもらい、店員の接客態度・サービス・店の雰囲気・清掃状況などを調べてもらいたい。日時はそちらの都合で構わないよ』
「わかりました。引き受けます」
『ありがとう。助かるよ』
俺が請け負うと、父さんは礼を言って、『そうそう』と続けた。
『視察さえちゃんとやってくれれば、あとは水族館でもレストランでも好きに楽しんでいいからね。資金もこちらが出そう』
「随分と太っ腹ですね。割に合わないんじゃないですか?」
『構わないさ。ただし、資金を出すには条件がある』
「条件?」
俺が首を傾げると、楽しそうな声音で父さんが言った。
『蓮華さんとデートする場合に限定するよ』
「デ、デート!?」
想像だにしなかった条件に、俺の声がひっくり返った。狙い通りとばかりに、父さんが笑い声を上げる。
『きみたちは仲良くやっているようだし、その
「余計なお世話と言うべきかと」
『
字面では困っているが、父さんはひどくおかしそうだった。きっと、スピーカーの向こう側でニヤニヤしていることだろう。
さっきは優しい声をしていたけれど、やっぱり父さんは俺をからかうのが好きみたいだな。勘弁してくれよ、まったく。
頬をひくつかせながら、俺は返事をする。
「……まあ、考えておきます」
『OK。デートを楽しんでくるといいよ』
「考えておくだけです!」
勝手に決定事項にしている父さんに文句を飛ばし、俺は一方的に通話を切った。少々失礼だったと思うが、失礼の度合いで言えば父さんだって似たり寄ったりなんだし、プラマイゼロだろう。
精神的疲労を感じた俺は、またしても嘆息して――呟いた。
「……デートか」
俺と蓮華はデートしたことがない。俺と蓮華の交際期間は
顔をしかめていると、ふと俺の頭に疑問がよぎった。
「蓮華は、俺とデートしたいと思っているのだろうか?」
そう独りごちたときだ。
コンコン
ビクゥッ!
不意にドアがノックされて、俺は肩を跳ねさせる。
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