お見合いに行ったらクラスメイトが現れた――2

 顔合わせのあと、俺の母さんと月見里さんの母親は、「「あとは若い者でごゆっくり」」と、仲人なこうどのお約束とも言える台詞を残し、退席していった。


 ふたりきりになった俺と月見里さんは、部屋を出て庭園を歩いていた。


 敷地面積の三分の二を占める日本庭園は、この料亭の売りらしい。赤桃色に色づいた、ツツジの花々が広がっている光景を目にすると、なるほど、売りにするだけはあるな、と感心する。


 が、庭園の美しさに目を奪われることはなかった。それどころじゃないからだ。見合い相手として月見里さんがやってきた現状のほうが、よっぽど気になっていたからだ。


「ツツジがキレイですね。聞くところによると、この光景はいまの時期にしか見られないそうですよ」

「世間話はいい」


 月見里さんがのんびりと口にした話題を、俺はバッサリと切り捨てる。


「どうでもいい話をしている場合じゃないんだ。本題に入ろう」

「そうですね。お見合いなのですから、互いの仲を深めるようなお話のほうがいいですよね」

「ふざけているのか、月見里さん? 聡明なきみなら、俺がお見合いをまともにする気がないことくらい、わかるだろう?」

「そう言い切られると女性として悲しいものがありますが、もちろんわかっていますよ」


 苦笑を浮かべ、月見里さんが俺と向き合った。


 無駄口を止め、月見里さんは真っ直ぐに俺を見つめている。おふざけはおしまい。ここから先は真面目な話。そのことを理解できているようだ。


 月見里さんの視線を受け止めて、俺は口を開く。


「単刀直入にく。月見里さんは、今回の政略結婚に納得しているのか?」

「なぜそのようなことを訊かれるのでしょう?」

「訊きたくもなるよ。月見里さんが、本気で俺と夫婦になりたがっているとは、とてもじゃないけど思えないんだから」


 そう。月見里さんが、本心から俺を伴侶に選ぼうとしているとは考えられない。あまりにも不自然すぎる。違和感しかないのだ。


「きみは美人だし人当たりもいい。男女問わずひとを引きつける魅力がある。実際、学校ではいつも誰かしらがそばにいるしね」

「お褒めいただき光栄です。ですが、どうしてそのことが、わたしを疑う理由になるのでしょうか?」

「きみに多くの選択肢があったからだよ」


 穏やかな表情で尋ねてきた月見里さんに、俺は鋭い目をしながら答える。


「男なら、誰もがきみとお近づきになりたいと願うだろう。きみならば引く手あまただ。付き合う相手はよりどりみどりだ。それなのに、どうしてわざわざ俺と夫婦になろうとしている?」


 月見里さんはなにも言わない。穏やかな表情のまま、先を促すように俺を見つめている。


 無言の要望に応えるべく、俺は再び口を開いた。


「俺ときみのあいだには交流がないだろう? 本当は、俺と政略結婚するより、好きなひとと恋愛結婚したいんじゃないか?」


 訊くと、月見里さんが表情を変える。どうしてかはわからないが、このうえなく不満そうな表情に。


「……覚えていないのですか?」

「なにをだ?」

「……わからないのなら構いません」


 不可解な問いかけをされて首を捻ると、月見里さんはねたように唇を尖らせた。構わないと言うわりには全然納得していない反応だ。


 俺が怪訝を得ていると、月見里さんが表情を戻し、先ほどの問いに答えた。


「疑われているようですが、わたしは山吹くんとの婚約に納得していますよ。そもそも、今回の政略結婚を提案したのはわたしなのですから」


 予想外の回答に、俺は目を見張る。


「きみが?」

「ええ。山吹グループとの合併を考えていると祖父から聞かされた際に、それでしたら、と」

「なぜだ?」

「決まっているじゃないですか」


 月見里さんが、ふんわりとした微笑みを浮かべながら、告げた。


「わたしが、山吹くんと婚約したいと思っているからですよ」


 見る者すべてを魅了するような笑顔。聞いた者すべてを歓喜させるような返答。


 それらを向けられて俺が感じたのは――失望だった。


 俺と月見里さんとのあいだに交流はない。それなのに婚約したがっているということは、その理由は俺にはないということ。俺ではなく、俺と婚約することによるメリットのほうに目を向けているということだ。


 すなわち、月見里さんの頭には、山吹グループと月見里グループの合併しかない。俺との婚約は、合併のついでというわけだ。


 たしかに、政略結婚とはそういうものだろう。だが、それは俺が求めているものではない。


 俺が求めているのは、心を通わせられる相手ひとだ。孤独を癒やしてくれる相手ひとだ。


 お見合いの前に抱いていた興味が薄れていくのを感じる。興味を抱いていた自分がバカみたいに思えてくる。


 結局、月見里さんもと同じなのか……。


 自然と溜息が漏れた。俺は思った以上に今回のお見合いに期待していたらしい。だからこそ、裏切られたことによる失望も大きいのだろう。


「お断りだ」


 醒めた気分で俺は言った。


「とてもじゃないが、きみとまともな夫婦関係を築けるとは思えない。結婚しても早々に離婚するのがオチだろう。俺ときみが婚約するのは、山吹グループと月見里グループの合併のため――合併の象徴となるためだ。婚約しても、いずれ離婚するなら意味がない。それどころか逆効果だ」

「わたしとの婚約が、最終的に不利益をもたらすということでしょうか?」

「ああ。合併の象徴である俺たちが離婚したら、グループ同士の関係にもヒビが入る。俺はそれを望まない」


 俺はきっぱりと言い切る。完全なる拒絶だ。


 対し、月見里さんは静かに頷き、「でしたら」と提案してきた。


「わたしと山吹くんが離婚しましたら、原因はわたしにあるとして、月見里グループが全責任を負いましょう」

「……は?」

「その場合、月見里グループの全株式・全事業を、無償で山吹グループに譲渡することを約束します」

「はあぁああああ!?」


 流石に驚かざるを得なかった。月見里さんの提案が、あまりにも山吹グループに都合がいいものだったからだ。


「た、対価のかからない買収じゃないか! 月見里グループそちらにはデメリットしかない!」

「わたしにはそれだけの覚悟があるということです」

「メチャクチャだ! そもそも、そんな約束、きみの独断で取り付けられるはずがないだろう!?」

「わたしひとりで決めたことではありませんよ。祖父も承諾してくれています」


 俺は言葉を失った。


 正気の沙汰じゃない。開いた口が塞がらないとは、こんなときのために使う言葉なのだろうか。


 戸惑いのあまり、俺の口から疑問がこぼれ落ちる。


「どうして、そこまでするんだ?」

「先ほど山吹くんはおっしゃいましたね。わたしが、本気であなたと夫婦になりたがっているとは、とてもじゃないけど思えない、と」


 月見里さんの唇は柔らかな笑みを描いている。けれど、サファイアの瞳はどこまでも真剣だった。


「本気ですよ。わたしは、山吹くんと夫婦になりたいです」


 曇りのない眼差しを向けられて、蘇るのは父さんの言葉。




 ――けど、見合い相手がきみのコンプレックスを解消してくれるとしたら、どうだい?




 薄れてしまった興味が再び湧いてくる。消え去ってしまった期待が再び顔を覗かせる。


 とんでもないデメリットを抱えながら、それでも月見里さんは俺との婚約を望んでいる。真剣に考えてくれている。


 だとしたら、父さんの言葉は正しいんじゃないだろうか? もしかしたら月見里さんは、俺がずっと求めていた相手ひとなのではないだろうか?


 そう思ってしまった時点で、希望を抱いてしまった時点で、俺の敗北は決まっていたのだろう。


 もとから、人間不信の俺には恋愛なんてできないと考えていたし……結婚したいと思えるひとが、これから現れることもないだろうし……。


 そんな言い訳を内心で唱え、ふい、と視線を逸らしながら俺は告げる。


「そ、それほどの覚悟をしているなら、断るのは失礼だな」

「それは、わたしと婚約してくれるという意味ですか?」

「……わかっているなら訊かないでくれ」


 ぶっきらぼうに答えると、月見里さんがパアッと輝くような笑みを咲かせた。いままで見たことのない、子どもみたいに無邪気な笑顔に、俺の目は釘付けになる。


「ありがとうございます! とっても嬉しいです!」

「そ、それはよかったな」


 なぜだかわからないが、心臓がバクバクと音を立て、顔がカアッと熱くなった。


 自分の異変に戸惑うなか、月見里さんがニコニコしながら人差し指を立てる。


「それでは、お互いの呼び方を変えましょう」

「呼び方?」

「婚約するのですから、名字呼びのままではおかしいですよね?」

「…………」

「名字呼びのままではおかしいですよね?」


 月見里さんは相変わらずにこやかに笑っているが、同時に圧を放っていた。『ここは絶対に譲りませんよ?』と暗に言われている気がした。


 抵抗として渋面を浮かべてみせるが、月見里さんの圧には勝てそうにない。


 しばらくにらめっこをしたのち、俺は折れた。


「…………蓮華」

「はい、秀次くん♪」


 そっぽを向きながら、ふてくされた態度で名前を呼ぶと、月見里さんは――いや、蓮華は、ひなたぼっこする猫みたいにふにゃんと頬を緩める。


 その笑顔が愛らしくて、悔しいことに、俺の体温はさらに上昇した。

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