にわか雨と相合い傘――2

 相合い傘をしているあいだは、悔しいけれど緊張しっぱなしだった。


 しかたがない。ひとり分の傘にふたりで入る以上、どうしても距離を詰めないといけないのだから。


 肩が触れるせいで蓮華の温もりを感じてしまうし、顔が近いせいでまつげの長さに気づいてしまうし、なんだかハチミツみたいに甘い匂いがするし、緊張するなというのは酷な話だ。


 学校一の美少女と呼ばれているだけはあり、道行く人々の視線は、もれなく蓮華に吸い寄せられている。そのついでに、隣にいる俺を値踏みしているように感じた。居心地が悪くてたまらない。


 そんな俺の様子に蓮華がニマニマするのだから、腹立たしいことこの上なかった。自分だって赤い顔していたくせに。





 マンションのエントランスに到着し、俺と蓮華は安堵の息をついた。


「なんとか帰って来られましたね」


 いたたわるような微笑みを蓮華が向けてきて――俺の姿にギョッとする。


「秀次くん、ビチャビチャになってるじゃないですか!」


 驚くのも無理はない。俺の左半身は、雨に打たれてびしょ濡れになっているのだから。


 というのも、歩いているあいだずっと、蓮華が濡れないよう、俺はそちら側に傘を寄せていたのだ。


 心配するだろうから気づかれないのが一番だったんだが……まあ、無理だよな。


 内心で溜息をつき、これ以上蓮華に罪悪感を与えないため、俺はなんでもないふうに笑顔を浮かべる。


「気にするな。折りたたみ傘のサイズでは、ふたり分を守りきることはできなかったんだ。しかたない」

「気にしないなんて無理です! 傘を忘れたのはわたしですよ? 雨に打たれるのはわたしであるべきだったじゃないですか!」

「バカ言うな。そんなことできるわけないだろ」

「どうしてですか!?」

「俺だって男なんだ。女性をないがしろにはできない。それくらいのプライドはあるさ」

「ふぇっ!?」


 告げると、蓮華が目を丸くして、可愛らしい声を上げた。蓮華の顔は見る見るうちに赤く染まっていき、口元はあわあわと波打っている。珍しく恥ずかしがっているようだ。


 いつもやられてばかりだから、なんだかスカッとするな。


 慌てる蓮華の姿に俺は頬を緩め――


「くしっ!」


 体が冷えたためか、くしゃみをしてしまう。


 蓮華がハッとした。


「そのままでは風邪を引いてしまいます! 急いで脱ぎましょう!」

「ちょっ!?」


 蓮華が血相を変え、俺のブレザーをひったくるように脱がした。そのままの勢いでネクタイをほどき、シャツのボタンを上から外していく。


 今度は俺が慌てる番だった。


「待て待て待て! どうして脱がせる!?」

「濡れた服を着たままでは、もっと体を冷やしてしまうじゃないですか!」

「そんなことはわかっているし、自分で脱げる!」

「夫の服を脱がせるのは妻の役目です!」

「もしかしなくても、きみ、テンパってるな!?」


 自分が庇われた罪悪感や、俺が風邪を引いてしまうんじゃないかという危機感で、蓮華はパニックを起こしているようだ。なおも俺の服を脱がせようと躍起やっきになっている蓮華を正気に戻すべく、俺は声を張り上げる。


「落ち着け、蓮華! ここがどこか忘れたのか!?」

「どこって……」


 蓮華が周りを見回して――ピシッと固まった。


 そう。俺たちがいるのはマンションのエントランス。当然だが、他人の服を脱がせていい場所ではない。蓮華の行為は犯罪すれすれだ。


 ここがどこで、自分がなにをしているのかに気づいたらしく、蓮華が飛び跳ねるように俺から離れる。


「すすすすみません!」

「いや、わかってくれたならいい」

「あの、その……わ、わたし、先に帰ってお風呂沸かしてます!」


 羞恥心がキャパオーバーしたのだろう。蓮華がくるりと背中を向けて、エレベーター目がけて猛ダッシュしていった。


 蓮華の後ろ姿を見送りながら、俺は乱された服装を整える。


 本当、いろいろな意味で心臓に悪いやつだ。


 心のなかで愚痴ぐちりながらも、俺の口元は笑みを描いていた。なんだかんだ、身を案じてもらえるのは嬉しいものなのだ。

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