俺のボッチ生活に未来の妻が押し入ってきた――3

 昼休みになり、教室内が賑やかになる。


 クラスメイトたちが思い思いに雑談するなか、俺はひとり、教室を抜け出した。向かう先は、校舎の北にある、非常階段の裏だ。


 そこは俺が見つけた秘密のスポット。近寄るひとがまずいないため、静かに考え事をしたいときなどに訪れるようにしている。まあ、いま俺が向かっている理由は考え事をするためではないのだが。





 秘密のスポットに到着した俺は、近くに隠しておいたシートを地面に敷き、手にしている袋を置いた。袋の中身は、蓮華が用意してくれた弁当だ。


 別に頼んでいないのだが、


「妻ですから、夫のためにお弁当を作るのは当然です!」


 と、蓮華は早起きして作ってくれた。いつも購買のお世話になっていたからありがたい限りだ。手渡してきたときのドヤ顔はうざったかったけど。


 ただ、この弁当こそが、俺が秘密のスポットここに訪れた理由になっている。蓮華は俺の弁当を作るついでに自分の分も作っていた。つまり、俺と蓮華の弁当の内容は同じということだ。


 まったく交流のなかった俺たちが、同じ中身の弁当を持っていることに気づかれたら、なにかあったのかと勘ぐられるのは避けられない。下手をしたら、同棲していることがバレる恐れさえある。そんな事態を避けるため、俺はここに来たわけだ。


 袋から弁当箱を取り出し、蓋を開ける。弁当の中身を確かめて、俺は、はあ、と息をついた。


「あれだけ気を遣ったのに、結局はこうなるのか」


 ミートボール、コロッケ、小さいオムレツにポテトサラダ、彩りと栄養バランスのためにか添えられた、ブロッコリーとプチトマト――弁当箱に詰められた具材が、どれも俺の好物だったからだ。


「蓮華も楽しむように言ったんだがな。ひとの話を聞かないやつだ」


 辛辣しんらつな言葉を口にしているが、俺の頬は緩んでいた。なんだかんだ、蓮華に思われているようで喜んでいる自分がいる。少々悔しいけれど。


「わたしがしたくてしたんですから、気にむ必要なんてないんですよ?」

「別に気に病んではいない。まあ、苦笑したくはなるけど……」


 そこまで口にして、俺は違和感を得る。


 ここに近寄るひとはまずいない。それなのに、どうして俺は誰かと会話しているのだろうか?


 ……まあ、疑問に思うまでもないんだけどな。これまでもは、俺の予想の斜め上をいく言動をしてきたんだから。


 半眼になり、俺は隣を見やる。当然のように、そこには蓮華がいた。


「ここは俺しか知らない秘密のスポットなんだが、どうしてここにいるんだ? どうやって見つけた?」

「決まっているじゃないですか、愛の力です」

「……俺は正直な女の子がタイプなんだが」

「ストーキングしました」

随分ずいぶんと重いな、その愛の力」

「ふふっ、ありがとうございます」

「褒めてないんだって、皮肉ってるんだって」


 今朝、これに似たやり取りをしたなあ、と振り返り、俺は溜息をつく。息とともに鬱憤うっぷんを吐き出した俺は、蓮華をとがめた。


「俺とこんなところにいるのを見られたらマズいだろ。接触は最低限にするって約束したじゃないか」

「ですが、ここなら大丈夫ではないでしょうか? どうやら、ここに近づくひとはほとんどいないようですし」

「ぬ……」

「接触を控えているのは、わたしと秀次くんが一緒にいるところを見られないためですよね? なら、ここにいるあいだは大丈夫ですよね?」

「ぬぬぬ……」


 蓮華の発言が正論だったので、俺は反論できない。悔しげにうなることしかできない。そのあいだに蓮華は、いけしゃあしゃあと俺の隣に座り、弁当箱を開けはじめた。


 ……もう勝手にしてくれ。


 どうあっても勝ち目がないと悟った俺は、諦めて自分の弁当をつつく。


 そんな俺に、新たな攻撃が仕掛けられた。


「はい、秀次くん。あーん」

「ちょっと待て」


 蓮華が自分のミートボールを箸でつまみ、俺に差し出してきたのだ。カップル定番のイチャイチャ行為『あーん』だ。


「どうしてそんなことを?」

「憧れていたんですよね。ほら、恋愛漫画とかによく出てくるじゃないですか」

「だからって、俺にすることか?」

「おかしいでしょうか? わたしたちは婚約しているんですよ?」

「政略結婚だろ」

「それでも結婚に変わりありません」


 どれだけ言葉を並べても、蓮華は譲る気がないらしい。それでも、あーんされるわけにはいかなかった。


 なぜならば――


「あーんをしたら……か、間接キスになるんだぞ? 流石に嫌だろう?」

「いえ、まったく。むしろ望むところです」


 顔の火照りを感じながら切り札を出す。が、蓮華には通じなかった。ミートボールを引っ込めるどころか、逆に近づけてくる。


「そんなこと言ってるけど、顔が赤くなってるじゃないか! めろ! 本当は恥ずかしいんだろう!?」

「止めません。乙女には引けない場面があるんです」

「絶対にいまじゃないけどな!」


 ええい、しつこい!


 俺はたまらず、ミートボールから逃げるように顔を背けた。


「きみがよくても俺が大丈夫じゃないんだ!」

「どうしてもダメなんですか?」

「ダメだ!」

「……なら、しかたないですね。しつこく迫って嫌われたらかないませんし」


 強く拒んだところ、溜息をつきながら、蓮華がミートボールを引っ込める。


 なんとか危機を脱し、俺は安堵の息をついた。


「ようやく諦めてくれたか」

「いえ、諦めてなんかいませんよ?」

「は?」


 だが、その安堵はつかの間のものだった。


「いまはダメでも、いつか受け入れてくれる日が来るのを待ちます。というか、受け入れてくれるようにしてみせます」


 蓮華の目には気合の炎が灯っている。


 俺はげんなりとした思いでうなだれた。


「……勘弁してくれ」

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