俺のボッチ生活に未来の妻が押し入ってきた――3
昼休みになり、教室内が賑やかになる。
クラスメイトたちが思い思いに雑談するなか、俺はひとり、教室を抜け出した。向かう先は、校舎の北にある、非常階段の裏だ。
そこは俺が見つけた秘密のスポット。近寄るひとがまずいないため、静かに考え事をしたいときなどに訪れるようにしている。まあ、いま俺が向かっている理由は考え事をするためではないのだが。
秘密のスポットに到着した俺は、近くに隠しておいたシートを地面に敷き、手にしている袋を置いた。袋の中身は、蓮華が用意してくれた弁当だ。
別に頼んでいないのだが、
「妻ですから、夫のためにお弁当を作るのは当然です!」
と、蓮華は早起きして作ってくれた。いつも購買のお世話になっていたからありがたい限りだ。手渡してきたときのドヤ顔はうざったかったけど。
ただ、この弁当こそが、俺が
まったく交流のなかった俺たちが、同じ中身の弁当を持っていることに気づかれたら、なにかあったのかと勘ぐられるのは避けられない。下手をしたら、同棲していることがバレる恐れさえある。そんな事態を避けるため、俺はここに来たわけだ。
袋から弁当箱を取り出し、蓋を開ける。弁当の中身を確かめて、俺は、はあ、と息をついた。
「あれだけ気を遣ったのに、結局はこうなるのか」
ミートボール、コロッケ、小さいオムレツにポテトサラダ、彩りと栄養バランスのためにか添えられた、ブロッコリーとプチトマト――弁当箱に詰められた具材が、どれも俺の好物だったからだ。
「蓮華も楽しむように言ったんだがな。ひとの話を聞かないやつだ」
「わたしがしたくてしたんですから、気に
「別に気に病んではいない。まあ、苦笑したくはなるけど……」
そこまで口にして、俺は違和感を得る。
ここに近寄るひとはまずいない。それなのに、どうして俺は誰かと会話しているのだろうか?
……まあ、疑問に思うまでもないんだけどな。これまでも
半眼になり、俺は隣を見やる。当然のように、そこには蓮華がいた。
「ここは俺しか知らない秘密のスポットなんだが、どうしてここにいるんだ? どうやって見つけた?」
「決まっているじゃないですか、愛の力です」
「……俺は正直な女の子がタイプなんだが」
「ストーキングしました」
「
「ふふっ、ありがとうございます」
「褒めてないんだって、皮肉ってるんだって」
今朝、これに似たやり取りをしたなあ、と振り返り、俺は溜息をつく。息とともに
「俺とこんなところにいるのを見られたらマズいだろ。接触は最低限にするって約束したじゃないか」
「ですが、ここなら大丈夫ではないでしょうか? どうやら、ここに近づくひとはほとんどいないようですし」
「ぬ……」
「接触を控えているのは、わたしと秀次くんが一緒にいるところを見られないためですよね? なら、ここにいるあいだは大丈夫ですよね?」
「ぬぬぬ……」
蓮華の発言が正論だったので、俺は反論できない。悔しげにうなることしかできない。そのあいだに蓮華は、いけしゃあしゃあと俺の隣に座り、弁当箱を開けはじめた。
……もう勝手にしてくれ。
どうあっても勝ち目がないと悟った俺は、諦めて自分の弁当をつつく。
そんな俺に、新たな攻撃が仕掛けられた。
「はい、秀次くん。あーん」
「ちょっと待て」
蓮華が自分のミートボールを箸でつまみ、俺に差し出してきたのだ。カップル定番のイチャイチャ行為『あーん』だ。
「どうしてそんなことを?」
「憧れていたんですよね。ほら、恋愛漫画とかによく出てくるじゃないですか」
「だからって、俺にすることか?」
「おかしいでしょうか? わたしたちは婚約しているんですよ?」
「政略結婚だろ」
「それでも結婚に変わりありません」
どれだけ言葉を並べても、蓮華は譲る気がないらしい。それでも、あーんされるわけにはいかなかった。
なぜならば――
「あーんをしたら……か、間接キスになるんだぞ? 流石に嫌だろう?」
「いえ、まったく。むしろ望むところです」
顔の火照りを感じながら切り札を出す。が、蓮華には通じなかった。ミートボールを引っ込めるどころか、逆に近づけてくる。
「そんなこと言ってるけど、顔が赤くなってるじゃないか!
「止めません。乙女には引けない場面があるんです」
「絶対にいまじゃないけどな!」
ええい、しつこい!
俺はたまらず、ミートボールから逃げるように顔を背けた。
「きみがよくても俺が大丈夫じゃないんだ!」
「どうしてもダメなんですか?」
「ダメだ!」
「……なら、しかたないですね。しつこく迫って嫌われたらかないませんし」
強く拒んだところ、溜息をつきながら、蓮華がミートボールを引っ込める。
なんとか危機を脱し、俺は安堵の息をついた。
「ようやく諦めてくれたか」
「いえ、諦めてなんかいませんよ?」
「は?」
だが、その安堵はつかの間のものだった。
「いまはダメでも、いつか受け入れてくれる日が来るのを待ちます。というか、受け入れてくれるようにしてみせます」
蓮華の目には気合の炎が灯っている。
俺はげんなりとした思いでうなだれた。
「……勘弁してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます