パーティーに行ってみた――4

「グイグイ来すぎだろ……本当に困ったやつだよ、蓮華は」


 ウェイターからドリンクを受け取った俺は、蓮華のもとへ帰る道すがら、溜息とともにぼやいた。


 あんなにも積極的にアプローチされたら、本当に気があるんじゃないかと思ってしまいそうになる。好きだから婚約してくれたのだと勘違いしてしまいそうになる。


 けど、そんな甘い話、あるわけがない。


「冷静になれ。そう簡単に、ひとは誰かを好きになったりしない」


 お花畑な想像をしてしまい、俺は自分をいさめた。


 俺と蓮華はほとんど接点がなかった。傘を貸したことはあるけれど、その程度で好きになるとは思えない。先ほど、抱きついてきたり、『わたしの愛は変わりません』と口にしたりしていたが、あれは彼女なりのスキンシップ。じゃれついているだけだろう。


 学校一の美少女が、引く手あまたの人気者が、都合よく俺を好きになるはずがない。それこそ、ラブコメでもない限り。


「現実的に考えろ、山吹秀次。勝手に勘違いして空回りするほど、むなしいことはないんだから」


 そう自分に言い聞かせたところで、俺は蓮華の姿を視界に捉えた。


「こんなところで、きみみたいに美しいひとに出会えるとは思ってなかったよ。運命かもしれないね」


 いかにも軽薄そうな金髪の男が、蓮華をナンパしていた。


「どうかな? パーティーが終わったら、一緒にこのホテルに泊まらないかい? ステキな夜景を堪能させてあげるよ」

「すみませんが、お断りさせていただきます」

「なぜだい? 宿泊費を気にしているのかな? それなら俺が全額負担するさ。なにしろ、俺は『金木工業かねきこうぎょう』の後継ぎだからね」


 表面上は穏やかに、しかしきっぱりと断る蓮華に、ナンパ男はしつこく食い下がる。


 ナンパ男の迷惑行為に俺は顔をしかめた。


 こんなところでナンパするなんてなに考えてるんだ? このパーティーは経営者たちが交流する場だぞ? 合コンと勘違いしてるのか、このバカは。


 おそらく、いずれ社長の座につく自分なら――権力のある自分なら、なにをしてもいいと勘違いしているのだろう。金木工業は最近伸びてきた新興企業。成長度合いの高さが、ナンパ男の勘違いを助長させていると考えられる。成金と同じ思考だ。


 迷惑に思っているだろう蓮華だが、自分が月見里グループの経営者一族であることを明そうとはしなかった。おそらく、企業と親の名を借りて偉ぶる、ナンパ男のようになりたくないのだろう。


「経営者なら、後継ぎの教育もちゃんとしろよ、金木社長」


 俺は舌打ちして、金木工業の社長を――ナンパ男の親を非難した。


 思った以上に憤っている自分がいる。自分の顔が苛立ちで歪む。そのことを意外に感じながら、俺は歩くスピードを速めた。


 はた迷惑なナンパ男を不快に感じているらしく、周りの経営者たちも眉をひそめている。おそらくは、パーティーの主催者を呼びにいった者もいることだろう。


 だが、主催者の到着を待つつもりはない。待ってなどいられない。


「とにかくさ? 一度ふたりきりの時間を過ごそうよ。忘れられない夜に――」

「悪い、蓮華。待たせたな」

「秀次くん!」


 ナンパ男の軽口を遮り、俺は足早に蓮華のもとへ向かい、グラスを手渡す。俺の登場に、蓮華が安堵の息をついた。


 俺はそのまま、蓮華を守るようにナンパ男の前に立ちはだかる。


「なにあんた? 俺はその子を口説いてたんだけど? 空気読んでくれる?」


 ナンパ男が苛立たしげに眉をひそめた。蓮華を口説いていたときとは打って変わり、チンピラのように粗暴な態度をとっている。どうやら猫を被っていたらしい。


 不快感をあわらにするナンパ男に対し、俺は憤りを表に出さず、微笑みさえ浮かべてみせた。


「このパーティーが懇親の場とはいえ、ナンパ行為はふさわしくないですよ」

「はあ? あんた、何様? 俺、金木工業の後継ぎなんだけど? 勢いに乗ってる大企業の次期社長だぜ? 逆らっていいと思ってんの?」


 チッ、と舌打ちして、ナンパ男が俺を威圧する。『お前が何様だよ』と言いたかったが、我慢して平静を保つ。怒りを爆発させては、この男と同類になってしまうからだ。


 俺がニコニコと笑顔を作り続けていることがかんにさわったらしく、ナンパ男が声を荒らげた。


「ガキがスカしてんじゃねえよ! わかんねぇ? 俺はその子と話してんの。テメェみたいなガキはおよびじゃねぇの。ひとの恋路を邪魔してんじゃねぇよ、クソガキ!」

「でしたら、なおさら止めてください」

「ああ!?」


 表情はあくまでにこやかに、しかし、眼差しだけは鋭くして、俺は言い放つ。




「蓮華は私の妻になる女性ひとです。わかりますか? ひとの恋路を邪魔しているのはあなたなんですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る