山吹秀次のコンプレックス――1

「ねえ、山吹くん。よかったら、あたしたちと一緒に遊びに行かない?」


 一日の授業を終えて帰り支度じたくをしていたところ、栗色のセミショートヘアと、同色の丸い瞳を持つ、小柄な女子生徒――鈴代珠桃すずしろ すももさんが声をかけてきた。


 鈴代さんの後ろ、教室後部のドア付近には、彼女が属する陽キャグループが集まっている。これからみんなで遊びにいくらしい。


 コミュ力にけた鈴代さんの性格から察するに、俺を遊びに誘ったのは、俺の現状を気にかけてくれたゆえだろう。なにしろ俺は、高校に進学してから一年と一ヶ月(おまけに一〇日)が経ったにもかかわらず、ひとりの友達もいないボッチ状態なのだから。


 鈴代さんの気遣いはありがたい。ボッチな俺に声をかけてくれた彼女は、コミュ強のかがみだと思う。


 だが、俺が誘いに乗るかどうかとは無関係な話だ。


「悪い、鈴代さん。今日はやらないといけないことがあるんだ」

「そっか……わかった」


 愛想笑いとともに断ると、鈴代さんが苦笑して、背中を向けて去っていく。


 鈴代さんに気づかれないよう、俺はボソリと呟いた。


「ついていっても、孤独を感じるだけだからな」


 幼い頃に経験したの影響で、俺は軽い人間不信におちいっている。相手がどんなにフレンドリーに接してきても、心を通わせられない。自分と相手とのあいだに壁があるように感じてしまうのだ。


 孤独というのは厄介で、大勢のひとたちと一緒にいれば癒やされるものではない。むしろ逆だ。周りにひとがいればいるほど、自分だけがのけ者にされているような感覚に陥り、一層のむなしさを覚えてしまう。


 だから俺は誘いを断った。やらないといけないことがあるというのは嘘だ。


 難儀なものだよなあ、まったく。


 長年抱えるコンプレックスを思い、俺は深く溜息をつく。


 そんななか、鈴代さんが陽キャグループの輪に戻った。


「早く行こうぜ、珠桃」

「ゴメンゴメン。月見里さんも待たせちゃってゴメンね」

「いえいえ。お構いなく」


 謝る鈴代さんに、息をのむほどの美貌を持つ女子生徒が、穏やかに微笑みかける。


 高い背丈に加え、手足も長いモデル体型。


 細身にもかかわらず胸はたわわに実り、さながらメロンのよう。


 ミルクホワイトの肌にはくすみひとつなく、リップが塗られたつやつやな唇は、まるで桜の花びらだ。


 長い髪は陽光を織ったようなゴールデンブロンド。丸くぱっちりした瞳はサファイアのごとき青。整った細面は、黄金比でこしらえられたかのように美しい。


 紺のブレザーとプリーツスカート、白いシャツに赤いリボン――聖ヶ丘ひじりがおか高校の制服も、彼女が着ればハイブランド品に見えてしまう。


 彼女の名前は月見里蓮華。俺たちが所属する二年一組で一番と――いや、この学校で一番と名高い美少女だ。


 根暗でボッチな俺とは違って、月見里さんは誰からも慕われており、人付き合いも積極的に行っている。


 人脈の広さ・コミュ力の高さにおいて、俺と月見里さんは正反対だが、実はひとつ共通点がある。世界でも通用する企業グループ。その経営者の、子孫であるという点だ。


 その共通点が、俺と月見里さんの違いをより明確にする。月見里さんは俺とは違うと突きつけてくる。


 片や、常にひとの輪のなかにいる人気者。


 片や、常に孤独を抱えている陰キャボッチ。


 まさに陽と陰。月とすっぽんだ。


「経営者の子孫ってとこは同じなのに、どうしてこうも違うんだろうな」


 ついついぼやいてしまった。


 一向に解消される気配がないので、俺は自分のコンプレックスについて、もはや諦めている。自分が誰かと心を通わせることは、一生ないだろうと諦観ていかんしている。


 きっと俺は、ひとりで生きてひとりで死んでいくんだろう。


 それでも人間のさがなのか、心は人付き合いを求めてしまうのだ。諦めたといっても慣れることはできなくて、孤独から抜け出したいと訴えたくなってしまうのだ。心を通わせられるひとが現れることを、夢見るように願ってしまうのだ。


 人付き合いを求めているのに、どこまでいっても現状は孤独。


 だから、むなしい。


 だから、月見里さんを羨んでしまう。妬ましく思ってしまう。


「羨んだところで、余計にむなしくなるだけなのにな」


 自分の惨めさに嫌気が差して、俺は再び溜息をついた。

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