介抱パニック――2
着替えを終えたあとも蓮華のサポートは続いた。親ガモを追いかける子ガモのようにピッタリと俺に付き添い、必要なものがあれば代わりに取り、喉が渇いたと言えば飲み物を持ってきて俺の口に運んだ。信頼の置ける仲間のことを『片腕』と表現するが、蓮華の場合、そのままの意味で『片腕』になっているようだった。
夜になっても、蓮華は変わらず『片腕』として働き、夕飯ではあーんまでしてきた。俺が痛めたのは利き腕じゃないにもかかわらず。
ちなみに、今回のあーんもしかたなくしたものだったので、蓮華としてはノーカンとのことだ。
そんなこんながあったのち、俺は浴室でバスタブに浸かっていた。
「……疲れた」
肩までお湯に浸かりながら、げんなりと独りごちる。
蓮華のサポートはありがたかったのだが、片時も離れずに寄り添い、時にはボディタッチまでしてくるものだから、まったく気が休まらなかった。俺の精神的疲労はピークに達している。
「こいつが治るまで、今日みたいな日が続くのか……」
最初のうちは温めてはいけないと医者に注意されていたので、俺は左手を宙に掲げている。その手を半目で見上げ、溜息をつき――「けど」と俺は苦笑した。
「悪い気分じゃないんだよな。蓮華があんなにも献身的になっているのは、俺を心配してくれているからだし」
たしかに気疲れするけれど、身を案じてもらって嬉しいとも感じているのだ。人間不信の俺が、誰かに介抱してもらってこんな気持ちになるなんて、想像だにしなかった。一ヶ月前の俺に知らせても一笑に
「父さんが言っていたように、本当に蓮華は、俺のコンプレックスを解消してくれるのかもしれないな」
これまた過去の俺ではあり得なかった言葉を口にして、充分に温まった俺は湯船を出ようとする。
「失礼します!」
浴室のドアがガラリと開け放たれたのは、俺が湯船から出る直前のことだった。もちろん、開け放ったのは蓮華だ。
上半身が湯船の外、下半身は湯船のなかという中途半端な体勢で、俺はコチンと固まった。
その原因は、唐突に浴室のドアが開け放たれたから――だけではない。蓮華の格好にもある。蓮華が身につけていたのは、彼女の瞳と同じ、水色のビキニだったのだ。
必然的に、しなやかな手足も、抱きしめれば折れてしまいそうなほど細い腰回りも、可愛らしい縦長のおへそも、惜しげもなくさらけ出されている。流石に恥ずかしいのか、ミルクホワイトの肌は桜色になっていた。
蓮華のビキニ姿は、『セクシー』や『魅力的』といった、ありふれた表現では失礼にあたるほど美しかった。神々しいとすら言える。
だからこそ、俺の思考と肉体は停止していたのだ。ようするに、俺は蓮華に見とれてしまっていたのだ。
たっぷり五秒間ほどそのままでいたのち、ようやく現状を理解した俺は「ぬぉあぁっ!?」と
「ななななんで浴室に入ってきてるんだ、きみは! 俺が入浴しているのはわかっていただろう!?」
「秀次くんの体を洗うためです!」
「別にいいよ! 左手が使えなくても洗おうと思えば洗えるから!」
「いえ、わたしが洗います! 全力で秀次くんのサポートをすると、わたしは決めたのですから!」
「その気持ちはありがたいけれど、状況を考えてくれ!」
「大丈夫です! このように、わたしはちゃんと水着を着用しています!」
「俺が大丈夫じゃないんだよ! こっちは真っ裸なんだよ!」
付け加えると、たとえ蓮華が水着姿であろうと、色気がスゴすぎて大丈夫じゃないのだ。絶対に口には出さないけど。
「とにかく出ていってくれ! 異性の裸に対する耐性がきみにないことは、制服を脱がされたときにわかっている! きみだって無理をしているんだろう!?」
「た、たしかに若干緊張していますが、安心してください! 秀次くんの裸なら大丈夫です! むしろ、ウェルカムです!」
「安心できるか! 一層不安になったわ!」
元から断るつもりだったが、是が非でも追い出さなくてはならなくなった。さもなくば貞操の危機だ。
なおも口論を続けようと口を開いたのと、俺の頭がクラリと揺られたのは同時だった。
マ、マズい……風呂に浸かりすぎて、のぼせそうになっている!
「秀次くん、真っ赤になっているじゃないですか。早くお風呂から上がらないといけませんよ」
俺の異変にめざとく気づいた蓮華は、風呂から上がるように訴えてくる。ただし、俺との口論に勝機を見出したからではなく、純粋に俺の体調を心配してのことだ。寄せられた眉根と、不安げな声色がそのことを示している。
このままではのぼせるが、風呂から上がったら蓮華に体を洗われなければならない。『前門の虎、後門の狼』とはこのことか。
「むぐぐぐ……」とうなり――俺は諦めた。
「……そこのタオルをとってくれ。風呂椅子に座るまではこっちを見るなよ」
「わかりました!」
安堵と嬉しさが半々くらいの笑みを浮かべ、蓮華がタオルを手渡してくる。タオルを腰に巻き、湯船から上がり、俺は風呂椅子に座った。
そのあいだ、蓮華は両手で目元を覆っていたが、舐めるような視線を俺は感じていた。隠しているように見せて、実は指の隙間からガン見していたのだろう。俺の未来の妻は、かなりのむっつりのようだ。
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