風邪のときは気持ちが弱りがち――2
一眠りすることにした俺は、本日二度目となる目覚めを迎えた。ベッドサイドの置き時計を確認すると、時刻は十二時を少し回ったところだ。
体調は依然として
そう簡単に治ってはくれないか……。
俺は深い溜息をつく。
その折り、ドアが静かに開かれて、小さな土鍋が載ったトレイを手にした蓮華が、姿を見せた。
「起きられたんですね」
目を覚ました俺を確かめて、蓮華が、こちらを
蓮華がトレイを机に置き、尋ねてきた。
「具合はどうですか?」
「いいとは言えないな」
「そうですか……」
蓮華の微笑みが陰り、不安そうに眉が寝かされる。
「もう一度、体温を測ってみましょう」
「ああ」
体を起こそうとすると、蓮華がさっと俺の背中を支えてくれた。力が入らなかったのでありがたい。
体温計を受け取って脇に挟む。わずかな時間を置いて、ピピピッ、と電子音が鳴った。体温計を取り出して渡すと、蓮華の表情がさらに曇る。
「先ほどより上がっていますね」
「意外としつこいもんだな」
「ええ……」
どんよりと沈んでいる蓮華の様子に、俺は苦笑した。
「俺よりもヘコんでいるじゃないか。心配しすぎだ」
「ほかでもない秀次くんのことです。ヘコまずにはいられません」
「そ、そうか」
真剣な目で見つめられて、思わず俺は動揺する。
こういうことをナチュラルに言ってくるから、心臓に悪いんだよなあ。
不本意だが、風邪を引いていてよかったと思った。赤らんだ顔を、熱の仕業だと誤解させられるから。
「ひとまずご飯にしましょう。秀次くん、朝からなにも食べてないですよね?」
気を取り直したらしい蓮華が土鍋の蓋を取る。土鍋からは、ほわほわと湯気が立ち上っていた。
「おかゆを作ってみました。体の負担にならないよう、少量ですが」
「ああ。助かる」
礼を言って、トレイを受け取ろうと手を伸ばす。そんな俺を見て、蓮華がコテンと小首を傾げた。
「その手はなんですか?」
「いや、トレイを受け取ろうと思って」
「そんなことはできません。秀次くんは弱っているのですよ? おかゆをこぼして火傷を負ってしまうかもしれないではありませんか。そうなっては泣きっ面に蜂ですよ」
「じゃあ、どうやって食べるっていうんだよ」
「決まってるじゃないですか」
土鍋とともにトレイに載せていた、茶碗とスプーンを手にとって、蓮華がおかゆをよそう。茶碗によそったおかゆをスプーンで
嫌な予感がする。
ま、まさか、蓮華がやろうとしているのって……。
俺の予感は的中した。冷ましたおかゆを、蓮華がこちらに差し出してきたのだ。
「はい、あーん」
「やっぱりか……」
俺は嘆息するほかにない。
こちらに食べさせないということは、あちらが食べさせてくれるということ。つまり、蓮華がしようと考えていたのはあーんだ。
わかっていたけど、やはり気恥ずかしいものがあるな。『あーん』だけでなく、『ふーふー』まで加わったコンボ攻撃だし。
「そこまでしなくていいぞ、蓮華」
「はい、あーん」
「普通に自分で食べられるから」
「はい、あーん」
俺が抵抗するも、蓮華は有無を言わさない様子でスプーンを差し出し続ける。どうやら折れるしかないようだ。
まあ、今回は間接キスじゃないし、蓮華の意見にも一理あるし、しかたないことか。
自分を納得させる言い訳を作って、俺は口を開けた。
「あーん」
「はい、あーん」
丁寧に口に運ばれるスプーン。パクリと咥えると、薄い塩味のなかから、ショウガとネギの風味が広がった。
「体を温めたほうがいいと思って、ショウガとネギをたっぷり入れてみました」
「相変わらず気配り上手だな、きみは」
「味はいかがでしょう?」
「美味い」
「それはよかったです」
蓮華が安堵の笑みを浮かべ、また、ふーふーからのあーんをしてくる。次々とあーんを繰り出され、流石に羞恥ゲージがたまってきた俺は、冗談めかして言う。
「こんなにも早く、負ける日が来るとはな」
「負ける?」
「昨日の昼休み、昼食をとっていたときにきみは言ったじゃないか。『いまはダメでも、いつかあーんを受け入れてくれる日が来るのを待つ。受け入れてくれるようにしてみせる』って。まさか、たった一日でそうなるとは思いもしなかったよ」
「いえ。このあーんはノーカンです」
「は?」
蓮華が首を横に振りながら言い切った。その発言に、俺はポカンとする。
「今回のあーんは正式なあーんではありません。弱っている秀次くんに咥えさせただけなのですから」
「言い方よ」
「正式なあーんでなければ、わたしの目的を果たせたとは言えません」
バカバカしくてしょうもないことを口にしながら、それでも蓮華の目は真剣で、微笑みは柔らかかった。
「しかたなくのあーんではなく、正式なあーんがいいんです。だからわたしは、『受け入れてくれるようにしてみせる』と宣言したのですよ」
蓮華の言葉がむず痒くて、俺はポリポリと頬を
「早くよくなってくださいね」
「……よくなったからって、あーんを受け入れるわけじゃないからな」
自分自身、わかっていた。この発言は照れ隠しだと。
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