第23話 乱獲と絶滅

 樹理じゅりと、たぶんゆうの疑問に

「そうだね」

と軽く答える千英ちえ

 まあ、さっきの「うん」よりは長くなったか。

 樹理がどんな顔をしているかは見なかった。

 優は、目を見開いて千英を見ている。

 「さっきさ、二人がお菓子取りに行ってるあいだに」

と千英はそこで唐突にことばを切った。

 何?

 「……そういえば、お菓子、そのお盆を一人ずつ回して一人分ずつ取って行ったら?」

 その話か。

 「いまのところに置いたままだと、優ちゃんとか橋場はしばさんとかあいとか、手を伸ばしても取りにくいでしょ?」

 優は「優ちゃん」でも樹理は「橋場さん」なんだ。

 それはいいとして、たしかに、ここに置いたままだと「手で盗むやつ」でも取りにくい。

 いや。

 人類はその「手で盗む」という羽根はね羽根はね恐竜の子孫じゃないんだっけ?

 脚は、ケモノのような脚だけど。

 千英のことばに応じて、由己ゆきがお盆を手に持って優のほうに差し出している。

 「あ、いや」

 優が手のひらを前にして軽く手を振る。

 「まず先輩たちが」

と言うのを、

「いや。ちゃんと人数分あるんだから、自分のぶん、取って」

と由己が言って、優に取らせてしまった。

 はかなげに見えて説得力のある由己。

 由己は自分は取らずに、朝穂あさほにお盆を回してきた。

 朝穂のところにならば、「手で盗む」必要もなく、千英、愛、樹理の三人が普通に手を伸ばすことができる。

 「じゃ、わたし持ってるから、みんな取って」

と朝穂が言う。

 それで三人の娘たちがお菓子を取る動きを見せたところで、

「あっ!」

と優が声を上げた。

 全員の目が、優に向かう。

 優が言う。

 「あのっ。カステラと丸いチョコレートはみんないっしょですけど、どら焼きは、三つが普通の黒あんで、二つが栗あんで、一つがうぐいすあんなので、好きなの選んでくださいっ!」

 ……そう懸命けんめいに言うことでもない……。

 「あ、じゃ」

と言って、樹理がまず黒あんを取る。続いて

「じゃ」

と言って愛も黒あんを取った。

 優も黒あんだったらしく、黒あんがなくなる。

 こうやって、「たくさんあるからだいじょうぶ」とか思って安心して取るから、絶滅するのだ。

 黒あん乱獲らんかくで黒あん絶滅。

 千英が栗あんを取ったので、栗とうぐいすが一つずつになる。

 朝穂が由己にお盆を差し出すと由己がうぐいすあんを取ったので、朝穂は栗あんになる。

 それからもういちどお盆を千英と愛のほうに差し出し、樹理の前に差し出し、由己のほうに差し出して、カステラとチョコレートを取ってもらう。

 最後に残ったのを朝穂が取る。お盆は樹理が持ってきたものなので

「はい」

とお盆を樹理の後ろに置く。

 「ありがと」

と無関心そうに樹理が言った。

 おおっ!

 樹理に感謝してもらえた。

 「それでね」

と、チョコレートの包み紙をはずしながら、千英が言う。

 千英の言いかたにはややとろとろ味がついている。

 お菓子を回させたのは、自分がチョコレートが食べたかったから?

 「翼竜っていうのは、ムササビとか、あと指のあいだに」

と右手を上に上げて指を広げる。

 いや。

 片手でチョコレートを持ったまま、そういうことをやると落とすんじゃないか?

 危惧きぐする朝穂をよそに、千英は続ける。

 「水かきがある動物とおんなじように、薄いまくなんだよね。それでこう、飛んでた」

 と、上に上げた右手を、体の前へすっと伸ばす。

 なめらかに、滑るように飛んでいた、と表現したいらしいが。

 だから!

 そういうことをやったら左手で持ってるチョコレートを落とすって。

 ……と思ったら、その右手を左手の上にすーっと動かして「着地」させ、そこから丸いチョコレートを拾って、すばやく右手で口にほうりこむ千英!

 うん。

 たしかに、その薄い膜のある動物が、えさを拾ってから急上昇してついばむ感じがよく出てたよ。

 その千英に倣って少女たちはお菓子を口に持って行き始めた。

 もぐもぐ。

 しばらく無言になる。

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