第11話 愛、敵地に乗り込んで!(1)

 「でもさ」

と、あいはまたアップルティーを飲んだ。

 熱かったのが、冷めてきて、飲みやすくなっている。

 だから、朝穂あさほも同じように飲む。

 やっぱり。

 冷めても香りが朝穂の鼻から喉までほわっと拡がった。

 「心の翼、って言ったら、瑞城ずいじょうのモットーだよね」

 そのアップルティーを、ぷっ、と、吹きそうになった。

 吹かなかったけど、胸のなかの香りはやっぱり大幅に外に出てしまた。

 由己ゆきもコップを手に持っていたけど、飲まないで、椅子の上に戻している。

 「いや。だから」

と朝穂がなまいきにきく。

 「なんでそんなの知ってるの? 愛」

 由己は従妹いとこが瑞城だから知っていた、ということだけど。

 「ここって」

と、愛は窓のほうにちらっと目をやった。

 「隣が瑞城の寮だから、さ」

 そうなの?

 たしかに、瑞城高校は線路の向こうなのに、このあたり、瑞城の子が多い、とは思っていただけど。

 寮があるからなのか。

 「あ」

と由己が反応した。

 「ときどき晩ご飯食べに行くよ。その寮の食堂に」

 由己も!

 なぜ?

 なぜ、ほかの学校の寮の食堂に食べに行く。

 その瑞城にいる従妹と関係あるんだろうけど。

 「前は、明珠めいしゅじょの子なんか来るな、って、食べてるとじろじろ見られるって雰囲気だったらしいけど、いまはそうでもなくて」

 そうなのか?

 「それを言うとね、その寮食堂のちょっと向こうにさ」

と、愛が、やはりとろとろした調子で言う。

 「不純学校間交遊調査委員会ってあってさ。それって、瑞城の子が作ってる、明珠女生いじめ委員会なんだけど」

 朝穂は、えっ、と思う。

 瑞城の生徒は野蛮だという。

 お嬢様なので、何をやっても自分はだいじょうぶ、自分の悪いことをとがめられることはない、という思いがあるらしい。

 明珠女の生徒をいじめてこそ瑞城生として一人前と認められるという話も知っている。

 でも、そんなのは、都市伝説か、せいぜいずっと昔の話だと思ってた。

 明珠女生いじめ組織がいまも存在するなんて。

 しかも、それが委員会になっているなんて。

 朝穂は衝撃を受けているのに、由己はこたえてないらしい。

 たぶんその従妹から聞いて知っているのだろう。

 「ま、ちょっと、そこに行って来たんだよね。瑞城の寮、夏になると夜うるさいからさ、その話し合いで」

 愛……。

 いじめ委員会ということは、「敵の本丸」だ。

 このとろとろ少女が、そんな「敵の本丸」にクレームつけに行ったりしてだいじょうぶだったんだろうか?

 「いや」

 朝穂がけなげに言う。

 「そういうのって、それこそ、寮委員長の仕事でしょ?」

 愛の反応はすばやい。

 「樹理じゅりが行っても話し合いにならないじゃない?」

 相手が「明珠女生いじめ委員会」なのなら、せいぜい罵り合いになるだけ。

 そこまでも行かないかも知れない。

 樹理は不機嫌に黙っているだけ。

 それで、追い返される。

 だから同意する。

 「そりゃそうだ」

 それは、そうだが。

 「ちょっと上の世代になるけど、瑞城の寮がうるさい、瑞城の生徒が駅でうちの生徒をいじめるって、生徒会の委員が何人か瑞城の学校まで文句つけに行ったことあるんだよね。そしたら瑞城の生徒会に相手にしてもらえなくて、泣かされて帰って来た、って事件があって」

 それはひどい。

 でも由己は平気できいている。

 ということは。

 やっぱり、その従妹の瑞城生から聞いて知っていたのだろう。

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