第27話 樹理の体感と優の正体!

 そこに

「あの」

と、何も食べていない由己ゆきが言う。

 この子、痩せているのは、お菓子が目の前にあっても食べずにいられる強靱きょうじんな精神があるから?

 「だったら、体温って、酸素を取り入れて炭水化物とかを燃やすことで発生してるわけでしょ?」

 たぶん、由己が痩せているのは、そうやって燃やしても使い切れないほどのよけいな炭水化物を取り入れてないからだ。

 その精神力の強い由己が言う。

 「酸素が薄かったとしたら、その熱があんまり発生しないから、温度が暖かかったとしても、その、羽根はね羽根はね?」

 おっ。

 朝穂あさほがウーロン茶を手に持つ前でよかった。

 由己が大まじめに「羽根羽根」なんて言うと、そのギャップで笑ってしまう。

 ところで、いま、ゆうは窓枠のところにコップを置いていて、ほかの四人はあいの机にコップやマグカップを置いている。

 愛はずっとマグカップを手に持ったままで、お菓子をまだ食べていない。

 愛も強靱な精神があるのかな?

 たしかに、ちょっと見たところ目立たないけど、愛もほどよく痩せている。

 由己が続けて言う。

 「その、ダウンジャケットのダウンみたいなの、やっぱり必要だった、ってことになる?」

 酸素濃度のかわりにチョコレートで呼吸できていなかった千英ちえが、答えようとしてウーロン茶を口に入れている。

 それで答えが遅れているあいだに、朝穂は考える。

 由己にとって「羽根羽根」というのは、ダウンジャケットのダウンのことらしい。

 由己にダウンジェケットを着せるとどうなるんだろう?

 袖のないダウンジャケットがいいな。

 ダウンベスト。

 濃いオレンジのタートルネックのシャツに、ブラウンっぽいベージュのダウンベストを着て、はにかむように笑う由己を想像する。

 青白い由己も、そういう温かい服を着たときには、頬も元気な紅色を帯びるのではないだろうか。

 「うん」

と、呼吸が回復した千英が言う。

 「その可能性は、わたし、考えたことがなかったけど、そうかも」

 「いまとだいぶ体感が違ったわけだ」

と言ったのは樹理じゅりだ。

 体感……。

 樹理って、どういう体感してるのかな?

 この樹理は「図書館をづれば初夏があふれをり日射しは強く胸に刺さりぬ」という短歌を出して、「温かきレモネード抱き」っていう歌に負けていた。

 日射しがどうやって胸に刺さったかがわからないと言われた樹理に対して、寒い日にホットのレモネードを胸のところに持っている温かさって表現の自然さが勝った。

 体感の表現では、たしかにそっちが勝って……。

 あ!

 あの歌を出したのが、いま端に座ってるゆうだ。

 そうだ。

 あのときはいまよりもさらになまいきな雰囲気を振りまきながら座っていた。

 それに。

 けっこうパンダ短歌をたくさん作ってた!

 恵理えり先生のカタキ!

 ……そんなカタキ、ち取るつもりないけどね。

 「図書館を出づれば日射しが強すぎて」

 目のまわりをちゃんと日焼け止めしなかったらパンダに……。

 いや。

 そういうのを考えても、八重やえがきかいでは発表の場がない。

 古典文芸部、兼部しようかな?

 「そうだね」

と千英がその樹理の質問に答える。

 「でも、暖まるための羽根じゃ、ふわふわで、空を飛ぶのには使えないんじゃない?」

と、どら焼きをぐさっと使い捨てフォークに刺したままで樹理が言った。

 言って、小さいとは言え、どら焼きを一個まるごと口に入れてしまった。

 口のなかいっぱいになったどら焼きを、口を大きくもにゅもにゅ動かしながら食べている。

 「もにゅもにゅと 樹理が……」

 いや、こういうのはやめよう。

 なんか、発想がおふざけ短歌に寄って行くなぁ。

 でも、こんな子だった?

 樹理って。

 こんな食べかたをしたら「もっとお行儀よく食べなさい」と怒るイメージ?

 そう思いつつ、朝穂もどら焼きの包装をあける。

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