第28話 目立つためか、食べるためか

 千英ちえはマグカップを傾けて樹理じゅりゆうが持って来たウーロン茶を飲んでしまった。

 「つまり、手や脚にも羽根が生えるようになったんだね」

 手にも脚にも。

 朝穂あさほは、ふと、由己ゆきが袖のあるダウンジャケットを着、脚にも防寒のオーバーパンツを穿いて、はにかんでこっちを見ている様子を思い浮かべた!

 千英が続ける。

 「で、手や脚の羽根って、温かくなるのにも使うけど、それだけでなく、こうやって、さ」

と、わざわざマグカップを置いて、手を中途半端に上げる。

 そんなウェイトリフティングのまねみたいな格好をして、何をしたい?

 「あたしってこんなにすごいんだよ、みたいな、見せびらかしに使えるわけじゃない? で、そういう、派手派手なほうが子孫を残すから、けっきょくみんな派手派手になっていって」

 羽根はね羽根はねっぽい恐竜が派手派手になって。

 「そうすると、羽根、長くて大きいほうが派手で有利じゃない? 平たいほうが模様も目立つしさ。そうすると、こう」

と、その派手派手に上げていた手を振り下ろす。

 また手が当たりそうになって後ろであいがのけぞる。派手派手のふりをしている千英はその愛の反応に気づいていない。

 「その平たい羽根って、飛ぶのにも使えるし。最初はぴょんぴょんねて、跳ねたときにぱたぱたやって、空にだって浮けるぜ、みたいにやってたんだろうけど」

 この千英って。

 「空にだって浮けるぜ」とか言っても、あんまり似合わないんだよね。

 だから、羽根羽根恐竜のなかにも、そういうのが似合うのと似合わないのとがいたのではないだろうか。

 ここにいる少女たちのなかで、そういうスポーティーなのが似合うのは、由己と、優だけかな。

 もしかすると、朝穂あさほ自身も、か。

 そう思ってどら焼きをかじる。

 栗あんのどら焼きってちゃんと栗が入ってる。これはお得だったかも。

 「じゃあ」

と、うぐいすあんを取った由己がきく。

 「目立つために跳び上がってたら、そのうち飛べるようになったわけ?」

 「目立つためか、食べるものが欲しかったからか」

 「食べるもの、って?」

ときいたのは樹理だ。

 議論に熱心になってきた樹理。

 千英が答える。

 「もう、このころには昆虫が空を飛んでたし、海や湖に近いところに住んでたら、そっちに行けばサカナもいるし」

 「そういえば、虫ってこのころにはもう空を飛んでたんだよね」

 朝穂としては、あんまり想像したくない。

 「だからさ」

 樹理が言う。

 「さっきの講演、人間には翼はないけど、心には翼があるので、虫のように世界に向けて飛んで行ってください、でもよかったはずだよね?」

 お。

 優等生の樹理も、さっきの講演には批判的なのか。

 という前に!

 「いや。虫とか、それ絶対いやだから!」

と朝穂は主張する。由己と千英が笑った。

 いや?

 でも。

 虫のように世界に飛び立って、由己の肌に着地して、由己の肌触りを自分の脚で確かめて、由己にもぞもぞした思いをさせて、由己をチクッと刺して……。

 そう思うと。

 あんまりいやではないな。

 そして、あんがいスポーティーな由己に、ぺしん、と叩かれて、朝穂の一生は終わる。

 由己の肌の上に無残な姿をさらす朝穂を、由己がちょっと顔をしかめてティッシュで拭いて、平気な顔で、ぽいっ!

 それはそれでよい生涯かも知れない。

 いやいや。

 何を考えているのだろう?

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鳥はなぜ飛ぶのか 清瀬 六朗 @r_kiyose

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