第8話 とろーっとした愛、それなのに

 そんなわけで、朝穂あさほ由己ゆきあいの部屋に入れてもらえた。

 天井は高くて白い色だ。たぶん漆喰しっくいという素材だろう。

 窓は縦長で上下に開くようにできていた。いまはエアコンを入れているらしく、閉めてある。

 細長い部屋で、入り口のほうにたんすとかの家具が備えつけてある。奥に机とベッドが向かい合わせになっていた。朝穂と由己はそのベッドに並んで座る。

 愛はお湯をかしてアップルティーを入れてくれた。

 暑い季節に熱いお茶でもないだろうと思ったけど、そのアップルティーの香りが部屋に流れてくるとふしぎと気分が落ち着く。

 その香りは最初からほのかにこの部屋に染みついている。

 愛そのひとにも染みついている。

 金属の取っ手のついたガラスのコップに入れて、愛はそのアップルティーを朝穂と由己に手渡してくれた。

 コップの置き場所に、部屋の隅に置いてあった折りたたみのまる椅子も出してくれる。

 愛は机の前の自分の椅子に座った。

 みんながアップルティーの香りに包まれる。

 愛は、自分でまずアップルティーを軽くすすり、そのコップを自分の机に置いた。

 「それで」

と、愛が言う。

 「青白く緻密ちみつぎしナイフもて、っていう、朝穂の短歌を却下した件?」

 最後の「件」を「とろーっ」と「けんー?」と言って首をかしげるのが。

 その。

 この子の色っぽいところだ。

 由己が何か言いそう。

 たしか、この愛が、その短歌を負け判定した理由を説明していた。

 朝穂も聴いて悪い気はしなかった。

 しなかったんだけど。

 由己が、それで、一番はっきり意見を言った愛の意見を聴きたい、とか言い出したら……。

 「いや。それよりも」

と、朝穂は由己を見て牽制けんせいする。

 「その次の鳥のやつで」

 しかし。

 朝穂は、それがどんな短歌だったか覚えていない。

 たしか、だれか有名な近代の歌人の短歌を「本歌ほんかり」とかした冗談短歌だったはずだが。

 「ほら」

と、朝穂のそのことばが切れたところに、由己が言う。

 「今日のさっきの講演で、心の翼とかいう話だったじゃない? それで、あのとき、科学部の子が、鳥が飛ぶのってたいへんだから、飛ぶ必要がなくなったらその機能から退化してしまう、って言ってた、その話を思い出して。でもわたしたち科学わからないから、科学部に聞こう、って」

 だいたい穏当おんとうな説明だったので、ほっとする。

 「じゃあ」

ととろーっとした愛が言う。

 「千英ちえ、呼ぼうか? 白石しらいし千英。まだ学校にいると思うから」

 「え? いや」

 朝穂が断ろうとする。

 白石千英というのは、あの、鳥が飛ぶのがたいへん、という話をした当人だったと思うけど。

 そこまで話を大きくするつもりはない。

 それに、その本人まで呼んだら、八重やえがき会といううちの部が、古典文芸部と引き分け判定をしたことについて科学部に圧力をかけに来たみたいじゃないか。

 「あ、千英? いま学校にいる? うんうん。うん。はい。はい。こっちも同意見。そうだよねぇ、って思う。あ、うん、それとも関係あるんだけどさ、いまうちに八重垣会の子が来ててさ。うん。うん。あのときの。さよならまたね、って短歌の子と、くろき宇宙の、そうそうそう。その朝穂さん」

 え?

 自分の名が出て来たので、ようやく朝穂が気づく。

 とろぉんとした愛が、さっそく電話してる!

 「そこまでしなくていいから」と朝穂が言うまえに電話している。

 うわぁ……。

 由己が、困ったように、責めるように、横目で朝穂を見ながら、振る舞ってもらったアップルティーをひと口飲んだ。

 いや。

 朝穂は悪くないんだけど……。

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