第2話 由己の従妹のことはあまり関係なさそう

 「あ。朝穂あさほ

と、由己ゆきはその青白い顔色に似合うな声で答える。

 でも、そのな印象はこの城島じょうじま由己という子を表現してはいない。

 けっこうしっかりしているのだ。

 しかも、頑固がんこ

 何から何まで頑固というわけではないけど、部活で

「そういう作風の歌はもっと歌作りに慣れてからにしなさい」

と先生に繰り返し言われても、がんとして作風を変えないくらいには頑固だ。

 その頑固な由己に

「いやあ、退屈だったわ。時間をおカネに換算してがっぽり返してほしいくらい」

と声をかける。

 たいしたことはないけど、ちょっと、冒険ではある。

 もし、由己がいまの寺中てらなか先生という先生の講演に感動していたら、アウトだ。

 でも、いまどき

「君たちには背中に羽はないけど、心には翼がある。広い世界を見えて力強く羽ばたいてほしい」

とか言われても、だれが感動するだろう?

 せいぜい鼻白はなじろむ、というところだと思う。

 鼻が白い、といえば、由己。

 鼻の線は白くてほっそりしていて、頬がほんのり紅くて。

 いや。

 「鼻白む」ということばはそういう意味じゃない。

 「あ」

と由己が歩きながら朝穂のほうを向いてそう言い返したので、もしかすると「アウト」のほうかな、と、ちょっと恐れる。

 でも、由己は笑った。

 「心の翼、っていうと、瑞城ずいじょうの校歌だよね」

 予想外の回答だ。だから、朝穂は

「へっ?」

と驚いてみせる。

 瑞城というのは線路の反対側にある女子校のことだろうけど。

 この泉ヶ原いずみがはらには、私立の女子校が二つもあって、それぞれに中学校と高校がある。

 その一つが朝穂の通う明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一中学校・第一高校で、もう一つがその瑞城女子中学校・瑞城女子高校だ。明珠女には大学もあるが、瑞城にはない。そこが違うといえば違うのだけど。

 瑞城は明珠女よりも偏差値低め、親の年収は高め、と言われているけど。

 由己がいきなり歌い出す。

 「いーまこそときはーなて、こーころのつばさー」

 「今こそ解き放て 心の翼」という歌詞なのだろう。

 声はきれいなんだけど、音程の安定感がいまひとつ。

 「……っていうのが瑞城の校歌なんだけど」

 「うん、って!」

 朝穂は強く反応する。

 「なんでそんなの知ってるの、っていうか、樹理じゅりに聞かれたらどうするの?」

と言ってから、朝穂はまわりを見回した。

 橋場はしば樹理が近くにいないか、チェックする。

 いない。

 朝穂はそんなに大きな声は立てなかったから、樹理が遠くで聞いていたということもないだろう。

 同じ部にいる橋場樹理という子は、優等生だけど、融通が利かない。すぐに怒るので同じ学年の子には恐れられている。

 その橋場樹理が、この瑞城の生徒に対して尋常じんじょうではない敵愾てきがいしんを持っているのだ。

 「いや」

 由己はまったく動揺していないらしい。

 「わたし、従妹いとこが瑞城だから」

 それで、また朝穂を振り向く。

 朝穂のほうが背が高いので、見上げる姿勢になる。

 髪の毛が軽く肩に掛かっているのがのだが。

 そのことは由己は意識していないようだ。

 続ける。

 「この前の歌合うたあわせのときも来てたでしょ?」

 「あ、いや。わかんないけど」

 そういえば、一か月ちょっと前の「歌合」というイベントのとき、前から何列めかにその瑞城の制服を着た子が座っていた。

 あれがそうだったのか。

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