第22話 人類は空を夢見る

 「だって」

ゆうのための反論を樹理じゅりが引き継ぐ。

 「いくら最初から飛ぶためにできた翼じゃないとしても、飛べる恐竜と、それとはぜんぜん別の種類で、やっぱり空を飛べる翼竜とが、べつべつに出て来たわけ?」

 「うん」

 樹理がけんめいに出したことばを、ひと言で受け止めてしまう千英ちえ

 樹理はじっとその千英を見ている。軽く上目づかい。

 「うん」の続きに何かあるかと待っているようだ。

 でも、千英のほうは「うん」で終わりらしい。

 樹理が続ける。

 「だって、その、飛ぶ、なんて、千英が言ってたとおり、そう簡単なことじゃないじゃない? わたしたちだって、飛ぶ、って決意したら、飛べる、ってわけじゃないから」

 「ま、人間は」

と、顔が青白気味の由己ゆきが言う。

 「決意したら、グライダーとか飛行機とかで飛べるけどね」

 これは、はぐらかしたのか?

 でも、飛べるんじゃん、人間。

 心に翼とかなくても。

 しかし、

「それだって」

と樹理が反論する。

 「二〇世紀になってからでしょ? 人類の何百万年の歴史のなかで、人類はずっと飛べなかったんだよ」

 けなげだな、樹理。

 それでこそ八重やえがきかいの樹理だ。

 「ま、それはそうだね」

と千英は樹理の理屈を認めた。

 由己の向こうで、ゆうがそのやり取りをじっと見ている。

 そこで

「でも、人類は」

と言ったのは、羽根はね羽根はね恐竜に対するティラノサウルスにあたる、とろとろ姉のあい

 「ずっと、飛ぶことを夢見てきたよね。ダヴィンチは飛行機設計したっていうし、天女てんにょとか、羽衣はごろもを使って空から下りてきたとか、あとギリシャ神話のイカロスがはねをつけてもらったら融けて落ちたとか。キリスト教の天使も、羽があって空を飛ぶ存在だよね」

 そういうことばを、マグカップを持ったままとろとろっと言ってのける愛!

 やっぱりなぁ。

 愛ってほんと偏差値高いんだろうな。

 「空の上には」

と、朝穂あさほが言う。

 いや。

 言うつもりだったわけじゃない。

 愛のとろとろ発言でスイッチを入れられて、気がついたときには言っていた。

 「神様の世界とか、もっときれいな世界があって、人間はそこに行きたい、でも行ってはいけない、って、そういう気もちをずっと持ってたわけだよね」

 そらの上 行きたき世界が そこにある……。

 いや。

 だめだな。

 あの「くろき宇宙」の短歌も、もうひとつ納得がいかない、って出したら、落とされた。

 相手はあの穂積ほづみあきらだった。

 どういう歌だったかも覚えている。

 「梅雨つゆざむえりの下にも汗しみてわが想像は湿りて落ちぬ」という短歌だった。

 美少女アンドロイドみたいな穂積晶ってほんとうに汗がしみたりするんだろうか、と思うけど。

 でも、襟のところが中途半端に冷たくて気もち悪くて、想像力に余裕がなくなっていく感じがよく伝わっていた。

 科学部が何も考えなかったから落ちた、というより、順当に落ちたのだ。

 もっと練らないと。

 「それって、さ」

 はかなげな由己が自然にまじめに言う。

 自然に続ける前に由己はウーロン茶で喉を湿らせていた。

 準備がよい。

 「人類が文明人になったからそういう夢を持つようになったのかな? それとも原始人のときからの本能みたいなものなのかな?」

 「それは本能かな、って思うけど」

と愛がすかさず言う。

 とろとろではあるけど、すかさず言う。

 「よく調べないとわからないけど、空の上の世界への想像って、世界のいろんなところの神話とかにあるでしょ? だから、もとからじゃないのかな、と思う」

 「だとしても」

と、樹理が低くてパンチのある声で言った。

 いや。別に「低くてパンチのある声」でもないのだけど、由己がはかなげ、愛がとろとろなので、続けて言うとどうしてもそう聞こえてしまう。

 「人間は、飛ぼうと思っても飛べなかったわけでしょ? 想像するしかなかった。飛ぶっていうのはそんなに難しいことなのに、その翼竜と、その羽根恐竜?」

 樹理は「羽根羽根」とは言わなかった。

 「その両方で、別々に、飛ぶって能力が発達したわけ?」

 その樹理の力強い疑問に、由己の向こうで、優が、二度、三度とうなずいている。

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