第6話 少女野放しと芸術的な寮

 由己ゆきがきく。

 「でも、女子は野放し?」

 野放し。

 朝穂あさほや由己の年齢の女子を荒野こうやへと解き放つと、いったいどうなるのかな?

 枯れ草だけが生えた荒野。

 いや、枯れ草だけじゃないほうがいいな。ところどころに緑の草や、少しだけ木があったほうがいい。

 そこに、由己や朝穂や、女の子たちが放されて散って行く。

 ところどころに湿地があって、枯れ草の下に隠れていて、気をつけていないとどぼんとはまる。

 はまったら、女子は大騒ぎして助けを呼ぶか?

 それともなかったことにしようと涙ぐましい努力をするか?

 遠くには山が見えていて、人里離れた高原の感じだ。

 そういう短歌も作れそうだな。

 また顧問の恵理えり先生に「頭で作ってる」とか怒られるんだろうけど。

 「野に放て 少女たちは」

 「少女」は「おとめ」のほうがいい?

 いや。

 いまの自分たちは、やっぱり「少女しょうじょ」ではあっても「おとめ」ではないと思う。

 「少女しょうじょらは 野に放たれて」

 放たれて、何をするだろう?

 ろくなことはしないよね。

 貴重でデリケートなのに、貴重さもデリケートさも忘れた女子たちなんだから。

 寮の入り口に着いたので、貴重さとデリケートさを忘れた女子が野に放たれる問題はまたあとで考えることにする。

 朝穂と由己はこの寮に入ることを警備員さんに伝えておいたので、野放しで来たわけではない。堂々と寮に入ることができる。

 「床が木なのに靴のまま入るの?」

 由己がきく。

 少女らは野に放たれて床が木なのに靴のまま入るの?

 いやそうではなく。

 朝穂は軽く

「うん」

と答える。

 床が木だから、雨の日に濡らすなとか、床に泥を落とすなとか、樹理じゅりが騒ぐんじゃないか。

 「うわー」

 由己は立ち止まったまま、寮の廊下を見ている。

 床は木を組み合わせたタイル、壁はクリーム色で、照明は壁にところどころについている電灯だけだ。電灯には、半透明の、貝殻型というか、貝殻型マカロニ型のカバーがついていて、半分間接照明っぽい。

 それでよけいに薄暗い。

 由己が感心しているということは。

 「由己は、ここ、はじめて?」

 「うん」

 そういえば、貝殻型マカロニはコンキリエっていうらしい。

 古典文芸部にいる武部たけべさんという先輩が教えてくれた。

 あの丹部たんべ咲江さえはこの武部さんに懐いているらしい。

 天然パーマっぽい髪を背中に長く伸ばしていて、そこはゴージャスな感じがする先輩だ。

 無口で、しかも突然コンキリエの話を始めたりするので、話の相手をするのはちょっとたいへんだけど。

 「レトロな感じでしょ」

 武部さんではなく、この寮が。

 「芸術的だね」

 「ああ」

 じっさい、この寮には美術部の子がまとまって入っている、と聞いた。

 そうすると、絵の具を洗面台に流すとか、絵の具のついた何かを洗濯機にかけるとか、そういう問題が発生するわけで。

 樹理がまた部活でそれの愚痴を言う。

 期待を裏切らない樹理。

 あ。

 「さ。早く千枝美ちえみの部屋、行こ」

 朝穂がうながす。

 期待を裏切らないと言うことは。

 「いま樹理が帰ってきたらやっかいだから」

 「うん」

 由己はこの寮は初めてらしいので、朝穂が先に立って古い階段を上がる。

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