22 エピローグ:そして伝説へ……
土曜日にルイとデートし、週末が明けて、月曜。
放課後に俺は学校の廊下を歩いている。
隣にいるのはルイ……ではなく、悪友の
「やー、わりぃわりぃ。ありがとな。数学の田中、プリント多過ぎだよなぁ。
歩きながら谷崎が両手で拝んで見せる。
今日、数学の時間にたまたま谷崎が教師の手伝いを指名され、運ぶブリントの量が多かったから俺も手伝ったのだ。
「別に構わいさ。大した手間じゃないしね」
「さっすが北原の旦那、器がでかい!」
「いやうん、谷崎、褒め方が雑過ぎ」
「んじゃあ……さっすが北原の旦那、学校一の美少女な
「いやいや、ルイは関係ないって」
「そんなこともないですぜ、旦那」
谷崎が親しげに肘を俺の肩に乗せてくる。
「本当は早く水野さんと帰りたかったんだろ? なのに親友の俺のため、涙を飲んで手伝ってくれた、その心意気を俺は褒めたいわけよ」
「やー、まあ、早くルイのところに行きたいのは本当だけどね?」
「おおう、ナチュラルにノロケてきやがる……」
肘を離し、谷崎がちょっと本気で引いた顔になった。
「北原、水野さんと付き合って変わったよな……昔は冷静で落ち着いた奴だったのに、今じゃオールウエイズにノロケまくる、おノロケ大魔神だもんな」
「ちょっと待って」
俺は真顔になって足を止めた。
「おノロケ大魔神って……どういうこと? 俺、そんな不思議な生き物じゃないよね?」
「ご自覚されてらっしゃらない……?」
なぜか痛ましい表情になる、俺の親友。
「北原と水野さん、朝、教室に入ってから帰りのホームルームまで、ノンストップでイチャつきオーラがダダ漏れになってんぞ?」
「……うそ……でしょ……?」
「嘘じゃない。これ現実。クラスメート一同、最初は大変戸惑いましたが、今では2人を生暖かい目で見守っております」
「嘘でしょう!? 嘘だと言ってくれ、谷崎……ッ!」
「哀しいけどこれ、現実なのよね。で、付いた通り名がおノロケ大魔神」
「クラスでオフィシャルなのそれ!?」
「まあ、言い出しっぺは俺なんだけど」
「谷崎ーっ!?」
「でも安心してくれ。言ってるのは俺だけだから」
「何がしたいのさ、谷崎ーっ!」
頭痛を覚えて、俺はその場によろめく。
通り名の件はともかく、クラス中から生暖かい目で見られているのは本当のようなので、穴があったら入りたい気分だった。
「明日から教室でどんな顔してればいいのか分からない……」
「いや大丈夫じゃね? そんなこと言いつつ、隣に水野さんがいたら北原、普通にイチャつきだすと思うし」
「う……っ」
絶対ないと言い切れない自分が怖かった。
思わず頭を抱えてしまう。
「谷崎の言う通り、俺……変わったのかも」
「だなー。ま、良いことじゃね? 彼女が出来て変わるなら、そりゃ幸せってことさ」
「そういうものかな?」
「そういうもんさ」
うんうんと頷く谷崎に対し、俺は小さく肩を落とす。
そういえばルイも友達から『彼氏が出来て変わった、って言われた』みたいなことを言っていた気がする。
ここで俺が変に否定すれば、巻き添えでルイのことも否定してしまうことになる。なので甘んじて受け入れることにした。
「確かに俺は今、幸せだよ」
「おー、開き直ってノロケ始めたな」
「っていうか、谷崎だって彼女いるでしょ?」
「もち。ラブラブだぜ? 今度ダブルデートでもするか?」
「考えとく」
開き直った俺は片手を上げて歩きだす。
「じゃあ、そろそろ行くよ。校門でルイが待ってるから」
「へいへい。じゃあ、俺もショーコと合流して帰るかな」
……ん?
ショーコというのはルイの友達の女子だ。
あれ? 谷崎の彼女ってもしかして……。
「谷崎、あのさ」
振り返ってみたが、すでに谷崎の背中は廊下の角を曲がっていた。
「えーと、これは……」
さっきのダブルデートの話、てっきり谷崎の冗談かと思っていたけれど、ひょっとしたらわりと現実味のある話なのかもしれない。
そんなことを考えつつ、俺は昇降口へと向かう。
上履きから靴へと履き替え、校門の方へ。
生徒たちがまばらに帰宅していくなか、門の横に立つ美少女がいた。
「ルイ、お待たせ」
「――っ」
声を掛けた途端、ぱっと表情が輝いた。
「涼介、遅ーい!」
口ではそう言いつつ、嬉しそうに駆け寄ってきてくれる。
それがあまりに可愛くて、ついつい口元が緩んでしまった。
「これは……大魔神になっても仕方ない。うん、俺の意思じゃもうどうにも出来ないね」
「ダイマジン? なんのこと?」
「や、こっちの話だから気にしないで」
クラスメートたちから生暖かい目で見守られていることについて、ルイが知る必要はない。この哀しい現実を背負うのは俺一人で十分だ。
「安心して。ルイは俺が守るから」
「へっ!? な、何言ってんの突然!?」
訳も分からずに驚くルイ。
ただ、ちょっと嬉しそうでもある。
「谷崎となんか冗談でも言い合ってたとか?」
「うーん、まあそんな感じかな」
「よくわかんないけど……ふーん、そっか。涼介はあたしのこと守ってくれるんだ……」
ルイがこっちに手を伸ばす。
手を繋ぐのかと思って左手を差し出したら――なんと腕を組まれた。
「それって……一生?」
「えっ!?」
密着し、上目遣いで見つめてくる。
「一生、あたしを守ってくれるってこと?」
「……っ」
甘えるように寄り添い、ぎゅっとしがみついて俺の返事を催促してくる。左腕が柔らかな二つの何かに挟まれていた。
心臓が飛び跳ねそうになった。
同時に俺は気づく。下校中の生徒たちがめちゃくちゃ見ていた。
こういうことか……!
ルイはまったく回りが見えていない。
きっと今までの俺も同じような状態だったんだろう。
脳内で谷崎が『そういうことだ』と深くうなづく。
だけど。
ああ、だけど……っ。
ここで退くことなんて出来なかった。
俺にとって周囲の目よりも、ルイの方がずっとずっと大切だから。
「もちろんさ」
決意を込めてつぶやき、腕に抱き着いているルイの手をぎゅっと握る。
そして耳元に顔を寄せて、そっと囁いた。
「俺がルイを守る。一生、そばにいるから」
「ちょ……っ!?」
ボォッとルイの頬が真っ赤に染まった。
「恥ず……っ! ばかっ、涼介のばか!」
「え、言わせたのはルイだよね?」
「そうだけど! でも耳元で甘く囁けなんて言ってないから……っ」
「照れちゃう?」
「照れちゃうっていうか…………感じちゃう」
「えっ」
「もう! 知らないし……っ」
「あ、ルイ!」
ルイは俺の腕を離し、足早に駆けていく。
もちろんすぐに後を追う。
そんな俺たちの背中を見て、生徒たちがコソコソ話している声が聞こえた。
「なにあれ? 痴話げんか?」
「やー、イチャついてるだけだろ。だって1組の北原と水野だし」
「あー、あれが噂のバカップルなのね。初めて見た。なんご利益ありそう」
「拝んどく?」
「拝んどこ」
なぜか数人の生徒たちに拝まれた。
ルイに追いついたのは、校門を出てすぐのところ。
俺が来ていることをわざわざ肩越しに確認し、ルイは小さめの路地に入っていった。もちろんルイも本気で逃げたわけではないので、追いつくのは簡単だった。
「はい、捕まえた」
「む……捕まった」
手を握って止めると、ちょっと唇を尖らせた拗ね顔でルイが振り向く。さっき囁いた右耳は防御するように押さえられていた。
「涼介のえっち」
「やー……ごめん」
「別にいいけど」
「いいんだ?」
「いいよ。だって……彼氏だし。恥ずいけど、涼介なら……いい」
「ありがと」
この路地ならもう誰の目もない。
俺はそっとルイの背中に手をまわした。
するとルイが機嫌の直った様子で苦笑する。
「なあに? ハグするの?」
「うん、抱き締めたいです」
「やっぱ涼介はえっちだ」
「ヤラしい彼氏でごめんね」
「いいよー?」
生徒たちの声がどこか遠くに聞こえるなか、ルイがゆっくりと腕のなかに入ってくる。その細い体を俺はしっかりと抱き締めた。
「実はさ……俺、今日、授業中ずっとこうしたかったんだ」
「マジで? あたしもなんだけど。涼介にハグしてほしかった」
「じゃあ、お互い同じこと考えてたんだね」
「ってことは両想い?」
「うん、両想い」
「やば、ラブラブじゃん」
嬉しそうにルイがしがみついてくる。
俺たちは一緒に登校しているので、実は朝もハグをしてから学校にきた。でも授業中にまたしたくなって、それからずっと我慢していたのだけど、どうやらルイも同じだったらしい。なんだろう、すごく嬉しい。
「土曜のデートさ、めっちゃ楽しかったね」
「だね。土曜が楽しかった分、俺、日曜はルイに会いたくて仕方なかったよ」
「えー、じゃあ呼び出してくれれば良かったのに」
「あ、呼び出して良かったの?」
「いいよ。だってあたしもすっごい涼介に会いたかったもん」
「じゃあ、次の週末は土曜も日曜もデートしようか?」
「ほんとっ?」
ぱっと花が咲くような表情でルイが見上げてくる。
俺は口元を緩めてうなづく。
「本当。どこか行きたいところある?」
「めっちゃある!」
ルイは弾んだ様子であれやこれやと行きたいところを挙げ始めた。俺はその一つ一つにうなづき、デートコースを組み立て始める。
だけどその途中で突然、「あっ」とルイが何か思い出したように言葉を止めた。
そして今まで子供のようだった無邪気な表情が、イタズラっぽいネコの表情に変わっていく。
「あのさ、涼介。土曜のデート、めっちゃ楽しかったけど、あたし一個だけ不満があったの」
「え、不満? なにそれ? どんなこと?」
「聞きたい?」
「もちろん! ちゃんと聞いて、ちゃんと改善するから!」
初デートでしくじっていたなんて、由々しき事態だ。
俺は背筋を伸ばしてルイの次の言葉を待つ。
「じゃあ、言うけど……」
ふいに目の前で黒髪が舞った。
俺の両肩に手を置くと、ルイは身を乗り出し、耳元へと囁いてくる。
「……あたしあの日、一番のお気に入り付けてたんだよ?」
「――っ!」
「なんの話か……わかるでしょ?」
「ルイの……下着の話」
「正解♪」
以前から言われていた。
いつか始まっちゃった時は、一番のお気に入りの下着をちゃんと見てほしい、と。
「あたし、ちゃんと準備してたの。でもその準備、無駄になっちゃったなぁ、と思って」
これは……なんて答えるべきだろうか?
いや迷う必要なんてない。
だって順序はちゃんと守っている。
ハグをして、デートをして、キスをした。
だったら次は……決まってる。
俺は意を決して口を開いた。
「ルイの家って……普段、ご家族いないんだったよね?」
「――! う、うん……ウチ、お母さんしかいないし、昼間は働いてるから。あと週末も休日出勤多い……感じ」
「じゃあ……」
「週末、あたしの家……来る?」
「いい?」
「……ん」
恥ずかしそうにうなづく、ルイ。
俺はその黒髪の毛先を指でいじりつつ、彼女をちょっとからかってみる。
「ルイが照れてる」
「あ、当たり前じゃん……!」
「でも最初に言ってきたのはルイだよ?」
「そ、そうだけど……いざとなったら、すごい恥ずいし。あと……やっぱちょっと怖いし」
ブレザーで萌え袖になった手で赤い顔を隠し、ルイは身じろぎする。
ウチの彼女はこういうところがある。
自分からグイグイ来るのに、いざとなると尻込みしてしまうのだ。
そういうところが本当に可愛い。
そしてこういう時こそ、彼氏である俺の出番だ。
彼女の体をしっかりと抱き締め直す。
「大丈夫、優しくするから」
「……ほんと?」
「もちろん。そういう約束だからね」
「……夢中にもなってくれる?」
「なるよ。ルイが慣れてきたら、夢中になってオオカミにもなる」
「下着も見てくれる?」
「ありがたく見させて頂きます」
「じゃあ……安心だ」
ふっとルイの体から力が抜け、全身を預けてくれた。愛おしい彼女の髪を撫でると、ルイはとろけた表情で囁く。
「涼介……好き」
「俺もルイが好きだよ」
「週末……マジで楽しみ」
「うん、真剣に楽しみにしてる」
「涼介、エローい」
「いつもそれ言うけど、ルイも大概じゃない?」
「あはっ、そうかも。あたしもエロい奴だ。じゃあ……」
ルイの表情がまたイタズラ猫に戻った。
何をするのかと思ったら、自分のシャツの胸元に指を掛け、あろうことか――前屈みになって引き下げる。
「今日のは二番目のお気に入りだけど……ちょっとだけ見とく?」
「――っ!?」
見えた。
繊細な刺繍が施された、青いブラジャー。
あとびっくりするくらい深い谷間。
突然のことに瞬時に言葉を返せなかった。
あと視線を離すことも出来なかった。
しまった、と思った時にはもう遅い。
案の定、ルイに盛大にからかわれる羽目になった。
「あはっ! 涼介、すごいガン見してくる! エローい! エロ涼介~っ」
「や、今のは無理だよ!? 目を逸らすことなんて出来ないよ!?」
「もー、これじゃあ週末が不安なんですけどー? こうなったらあと一週間で色々慣れてもらわなきゃね?」
「慣れるって!? え、なに!? この一週間で何する気なのさ!?」
「それはこれからのお楽しみ♡ ほら、いつもの公園いこ? ほら早くー!」
「ちょ、ルイってば……!」
彼女に手を引かれ、俺はまた歩きだす。
彼女にからかわれて困り果て、彼女に甘えられて舞い上がり、彼女と一緒に楽しい時間を過ごしていく。
恋愛相談をしていたら、なぜか隣の美少女に告られて始まった日々。
砂糖菓子みたいな甘々な人生は、この先もずっとずっと終わらない――。
恋愛相談してたら、なぜか隣の美少女に告られて、砂糖菓子みたいな甘々ライフが始まりました 永菜葉一 @titoku
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