02 こうなったら……大声で告り返す!(怒られました)

 俺こと北原きたはら涼介りょうすけは生まれて初めて女子から告られた。


 放課後に友達の恋愛相談をしていたところ、相談相手の水野みずの瑠衣るい――ルイに告られたのだ。


 正直、驚いた。

 全身の血が沸騰するんじゃないかというくらい、顔も真っ赤になった。


 でもこのままじゃいられない。


 なんとなく流れで付き合うことになってしまったけど……実は俺もずっと以前まえからルイのことが好きだった。


 勇気を出して告ってくれたのに、俺が真っ向から気持ちを伝えなくてどうするんだ。


 ルイはすでに教室を出てしまっている。

 それを追いかけるため、俺は大慌てで教室を飛び出した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今すぐ伝えたいことがある……っ!」


 廊下に出ると、窓から夕焼けが差し込んでいた。

 見えるのは、肩先で黒髪が揺れている、細い背中。


 俺の声には気づかなかったらしく、ルイは廊下奥の階段の方へと向かっていた。


 だから必死に呼び止める。


「ル……み、水野!」


 心のなかでは『ルイ』と呼んでいるが、普段俺は彼女を『水野』と苗字で呼んでいる。突然の大声に驚いた様子で彼女は振り返った。


「き、北原……?」


 いつもはクールで気高い黒猫のような雰囲気のルイ。

 そんな彼女が戸惑うように目を瞬いている。

 

 俺はなんと言えばいいだろう?

 どう言えばこの気持ちを伝えられるだろうか。


 放課後の廊下で見つめ合い、ほんの数秒、悩みに悩んだ。


 でも結局、格好良い答えなんて浮かばない。


 ルイは勇気を出して想いを伝えてくれた。

 だったら俺も力いっぱい伝えるだけだ。


「俺、水野のことが好きだ! 一年の頃からずっと好きだった――ッ!!」


 グラウンドの野球部やサッカー部に負けないくらい、大声で告った。

 俺の声が廊下中に鳴り響く。そしてルイは、


「な……っ」


 一瞬、呆気に取られ、直後にスカートを振り乱してこっちに駆けてきた。


 先生や風紀委員がいたら確実に『廊下は走らない!』と怒られるくらいの速度だった。


「なに大声で叫んでんの!? 馬鹿なの? 頭おかしいの? やめて、本当やめて!」


「いやでも気持ちをちゃんと伝えなきゃと思って……っ」


「だからって叫ぶことある!? 誰かに聞かれたらどうすんの? 変な噂になっちゃうじゃん」


「あ……ご、ごめん」


 頑張ったつもりが普通に怒られてしまった。

 ルイの剣幕に俺は肩を落とす。


「ったく、もう……」


 彼女は目の前にやってきて、大きくため息をついた。

 自分の体を抱くように腕を組み、どこか気まずげに目を逸らす。


「あ、あたしが……」


 その声は妙に小さかった。


「……あたしがガチっぽい告り方したからって、別に合わせてくれなくていいから」

「え?」


「だから……合わせようとしてくれたんでしょ? なんかテンションっていうか、バランスみたいなものを……そういうの、いいから。気遣われると、こっちがしんどいし」


 驚いた。

 まさかルイがそんなふうに感じるとは思わなかった。

 彼女はさらに言う。


「北原はさ、普通にしててくれればいいよ。谷崎たにさきにちゃんとアドバイス出来るように彼女作るだけなんだからさ」


 谷崎というのは俺の友達のことだ。


 最近、谷崎には彼女が出来たんだが、俺にも彼女がいないとちゃんとアドバイスが出来ない。だから、彼女を作った方がいい。


 ルイからそう言われて告られたので、俺が軽い気持ちでオーケーしたと思ってるのかもしれない。


「北原にとってあたしは……お試しっていうかさ、経験値を積むための相手じゃん? だからもっと気楽にしなよ。その方があたしも――」


「違う」


 気づいた時にはルイの言葉を遮っていた。


「え?」


 彼女は驚いたように言葉を止める。

 思った以上に真面目な空気になってしまい、俺自身も戸惑った。


「いやその、なんていうか……」


 ああ、情けないな。

 いざルイを目の前にしたら、教室を飛び出した時の勢いが失くなってしまった。


 それでも伝えたい。

 俺は頭をかき、視線をさ迷わせながらどうにか言葉を探す。


「最初は一目惚れだったんだ。一年の頃、最初の日に水野を見て、すごくきれいな子だなぁ……って」

「……っ」


「でもそれだけじゃないってだんだん分かってきて、ほら一年の頃もたまに話すことあったろ? 水野、いつも興味ないふうにしてるのに、実はちゃんと話聞いてくれてるよな」


「べ、別に……そんなことないけど」

「あるよ」


 だから今日も水野に友達のことを相談したんだ。


「ストレートな物言いも相手のことをちゃんと考えてるからだ。相手のことを思ってるからこそ、キツいこともちゃんと言ってくれる。水野のそういうところに気づいたら、少しずつ目が離せなくなってさ。一年の頃から……ずっと見てた」


「…………」


 ルイはいつの間にか顔を伏せていた。

 前髪に隠れて表情が見えない。


 だけど聞いてくれているのは分かっているから、俺は必死に言葉を紡ぐ。


「二年になって席が隣になってからは本当、毎日が楽しいんだ。学校にくれば水野と話せるからさ、いつの間にか家出るのが早くなって、親も驚いてる。だからなんていうか、つまりその……」


 緊張で声が掠れそうだった。

 大声で叫ぶより、何倍も緊張する。

 それでも言いたい。

 どうしても言いたかった。


「……俺、好きなんだ。水野のこと。一年の頃からずっと見てた。合わせてるわけじゃないよ。これが俺の本当の気持ちだ」


 穏やかに風が吹いていた。

 どこかの窓が開いているらしく、ルイの前髪を静かに揺らしている。


 もう少し強く吹いてくれたら、彼女の表情が見えるかもしれない。


 だけどその前に小さな声が響いた。

 桜色の唇からぽつりと。


「…………恥ずい」

「へ?」


 次の瞬間、ルイは勢いよくその場にしゃがみ込んだ。


「恥ずい! 無理っ、本当無理っ! もー、なんなの!? ばか! 北原のばか!」

「ええっ!?」


 またもや怒られてしまい、俺も慌ててしゃがみ込む。


「ごめん、嫌だった!? 俺、なんか嫌なこと言っちゃった!?」

「違う! そうじゃなくて!」


「でも水野、ずっとこっち見てくれないし! 俺が何かしたなら謝るから!」

「いいから! ちょ、こっち見んな……っ」


 なぜかルイは必死に俺の視線から逃げようとしていた。

 でもこっちも必死なので、どうにか目を合わせてもらおうと覗き込む。


 すると、


「……あっ」

「~~っ」


 ルイの顔が真っ赤になっていた。

 普段は雪のように白い肌が、まるで紅葉のごとく朱に染まっている。


 ……可愛い、と思った。

 

 でも彼女はその顔を見られるのが恥ずかしかったらしい。

 潤んだ瞳で恨みがましく見つめてくる。


「……だから見るなって言ったのに」

「ご、ごめん! 悪かった!」


 首ももげろとばかりに全力で逆の方を向く。

 廊下の真ん中で男子と女子がしゃがみ込んでいる。

 はたから見たら、とても奇妙な光景だろう。


 夕焼けだけが優しく二人を照らしていた。

 そのなかでルイがとても小さな声で囁く。


「北原の気持ちは……分かった」

「そ、そっか。嫌な気持ちにさせて……本当にごめん」


「別に。嫌なんて言ってないし」

「本当?」


「うん。だって……」


 突然、背中に柔らかなぬくもりを感じた。

 ルイがほんの少しだけ、体を寄せてきたのだ。


 正直、心臓が飛び出すかと思った。

 動揺する俺の耳へ、彼女の声が届く。

 かすかに弾んだ、とても嬉しそうな声で。



「だって……あたしたち、ずっと両想いだった、ってことじゃん?」



 緊張で体を硬直させ、俺は頷いた。

 何度も何度も頷いた。

 ルイの声はさらに続く。


「付き合う……ってことでいいんだよね? お試しじゃなくて、ちゃんと付き合う……みたいな?」

「もちろん」


 俺は意を決して振り向く。

 そして信じられないくらい近い距離にいる彼女へ告げた。


水野みずの瑠衣るいさん。あなたが好きです。お、俺と……付き合って下さい!」


 声が上擦ってしまった。

 鼓動がうるさいくらいに高鳴っている。


 しかしそんな心臓の音よりも、彼女のクスッという笑い声の方が耳に響いた。


 ルイは膝を抱え、それで顔を隠すようにして囁く。

 彼女にしては珍しい、丁寧な言葉で。

 とても恥ずかしそうに、そっと。


「……よろしくお願いします」


 そのたった一言が舞い上がりそうなくらい嬉しかった。


 放課後の廊下。

 夕方のチャイムが鳴り響く頃のこと。

 

 こうして、俺に彼女が出来ました――。

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