03 彼女と一緒に登校しよう
朝がきた。
俺は人通りの少ない通学路を足早に歩いている。
住宅街を抜け、商店がまばらな通りを進み、やがて喫茶店の裏の小道に入った。
するとその駐車場の前に、アイドルと見間違うほどの美少女が立っていた。
小走りで駆け寄り、挨拶する。
「おはよう、
俺が声を掛けると、彼女はスマホから顔を上げた。
肩先まである黒髪は艶やかで、瞳は大きく、顔立ちも信じられないくらい整っている。
雰囲気は人に懐かない黒猫のよう。
凛とした彼女は俺を見て、そして……なぜか、不機嫌そうに眉をひそめた。
「あのさ、
「テンプレ?」
「いきなり『待った?』とかさ。『今きたとこ』って言ってほしいってこと?」
「あー、そういうことか」
「しかも男女逆だし」
「ごめん、先に着こうと思ってたんだけど、まさか水野の方が早いとは思わなかった」
自分のスマホを取り出し、時間を見る。
まだ待ち合わせの15分前……いや20分前だ。
「これは……水野の方が早過ぎない?」
「別に。これくらいの時間、普通だし」
「本当に?」
「こんなことで嘘つく意味ある?」
「まあ、確かに」
このアイドルのような見た目の美少女は、
何を隠そう、俺の彼女である。
つい昨日のこと、俺たちは付き合うことになった。
そして一緒に登校しようと約束し、今日はこうして待ち合わせをしていた次第である。
「行くよ。急がないと遅刻しちゃう」
そう言って、ルイはこっちも見ずに歩きだす。
一瞬、置いて行かれそうになって、慌てて後を追った。
……あ、あれ?
恋人同士の待ち合わせって、こういうものなのか?
なんだか不安になってきた。
ルイの横に並び、俺はチラリと顔色を窺う。
「水野って朝早いんだな。何か部活とかやってたっけ?」
「別に。帰宅部だけど。どうして?」
「や、朝練とかで早いのかなって……」
「ただ今日は早く起きただけ」
「そ、そっか」
「そう」
「…………」
「…………」
会話が止まってしまった。
「北原、何かしゃべってよ」
「あ、ああ、ごめん」
促され、慌てて考える。
何かしゃべること、しゃべること……。
「数学の宿題はやった?」
「それ、提出明日じゃない?」
「え、そうだっけ?」
「だいたい今日、数学ないし」
「あ、そっか。そうだった」
「しっかりしてよ」
「うん……」
「…………」
「…………」
「…………」
また止まった。
なんだ? なんでこんなことになるんだ?
ルイとはよく教室で話している。
でもこんなふうに変に会話が止まることはない。
……ああ、そうか。
これが
戸惑いのなかで俺は気づいた。
思い出したのは、ルイと付き合うきっかけになった、恋愛相談。
俺の友達の谷崎に最近、彼女ができたんだが、付き合い始めた途端、上手く会話ができなくなったという。
それとまったく同じ事態が俺たちにも起きているんだと思う。
解決方法は……思いつかない。
そもそも答えが出せないから、俺はルイに相談したんだ。
ふと思い出す。
そういえばルイは『会話が続かないなら別れた方がいい』みたいなこと言ってたな……。
「……い、嫌だ。別れたくない……っ」
「え、なに? どうしたのいきなり!?」
つい心のなかの言葉が漏れてしまい、隣のルイが目を見開く。
「いや、水野と別れたくないと思って……」
「あたし、そんなこと言った!?」
「でもほら、谷崎の恋愛相談で……会話が続かないなら別れた方がいいって」
「……あ」
俺の言わんとしたことに気づいたらしく、小さく声をこぼす。
そしてルイはなぜか気まずそうに俯いた。
「あれは……違うから」
「違う?」
「だってあの時は……北原のことだと思ったし」
「……?」
「谷崎の相談、あたしは最初、北原のことだと思ってたの」
「それってつまり……」
少し考えて、ハッとした。
「俺に彼女が出来たと勘違いして、
「……うん」
ルイはただでさえ細い肩をさらに小さくする。
自分で言うのもなんだが、ルイは俺をずっと好きでいてくれたらしい。
恋人が出来たと勘違いしたなら、思わず『別れたほうがいい』と言ってしまうこともあるかもしれない。
「……ごめん。北原はあたしを信用して相談してくれたのに、勝手なこと言って……」
「いや、いい! ぜんぜんいいよ!」
「あと、さっき『今日みたいな時間に登校するのが普通』って言ったのも……違くて」
ルイの耳がほんのりと赤く染まっていく。
吹けば消えるような声で、彼女は言った。
「本当は……北原と一緒に学校いくと思ったら、緊張して早く起きちゃっだけなの」
「……っ」
顔が一気に火照っていくのを感じた。
言葉が出ない。上手く舌がまわらなかった。
なんだ、この可愛い生き物は……っ。
「み、水野……どれだけ俺が好きなんだ」
「な……っ」
ボオッと燃えるようにルイの顔が赤くなった。
「そ、そういうこと言う!? 信じらんない! ばか、北原のばかっ」
甘く握った手で通学バッグをぽすぽすっと叩かれた。
いつものクールな雰囲気とは程遠くて、思わず笑みがこぼれてしまう。
「悪かった、悪かった。もう言わないから」
「本当に? 次、からかってきたら許さないよ」
「ああ、肝に銘じる」
「……ふん」
ご機嫌ナナメの様子で、ルイはどんどん先にいってしまう。
しかしその途中で突然、ピタリと足を止めた。
「昨日の谷崎の相談のことなんだけど……」
「谷崎?」
「一応、家に帰ってから考えたの。彼女と会話がない時にどうすればいいのか。あたし、別れた方がいい、なんて言っちゃったから、今日ちゃんと答えなきゃと思って」
「えっ、教えてほしい! なんか名案があったりとか?」
ちょうど俺も悩んでいたことだから、彼女であるルイの答えなんて一番聞きたいところだ。
勢い込んで尋ねると、背中を向けたまま彼女は言った。
「……手」
「て?」
「……手でも繋げば?」
「――っ」
思わず息を飲んでしまった。
「そ、それは……ちょっとハードルが高いんじゃないかな? 昨日、付き合ったばかりだし」
「あ、あたしたちじゃなくて、谷崎のこと!」
「ああ、谷崎か。そうか、谷崎か。ありがとう、伝えておくよ」
「……ん」
小さく頷き、彼女はまた歩きだす。
俺もすぐに後ろをついていくが……ルイの手が気になってしょうがなかった。
細くきれいな指先は、心なしか所在無げに揺れている。
彼女の意図が分からないほど、俺だって鈍感じゃない。
だから思いきって、ルイの手に触れた。
「……っ」
ピクンッとルイの肩が反応した。
「……ハードル高いんじゃなかったの?」
「だからまあ、このくらいならいいかな、って」
手は握ってない。
俺は指先でルイの指を摘まむように掴んでいる。
……正直、これが今の限界だ。これ以上はさすがに無理。
指に触れながらひそかに緊張していると、ふふ、と小さな笑い声が聞こえてきた。
「なんかさ、北原って……エロいね」
「エ、エロくはないだろ!?」
「そうかなぁ。手じゃなくて指を握るなんて、逆にエロいと思うけど」
「……わ、分かった。嫌なら離すよ」
「ううん」
きゅ……っと指先が握り返された。
「いいよ。このままで」
柔らかい笑みの気配が伝わってくる。
良かった。俺はほっと胸を撫で下ろす。
それから学校の近くまで、俺たちは指先で触れ合いながら歩いた。
会話らしい会話もほとんどなかったけど、もう気まずさを感じることもなくて、控えめにいって……とても幸せな気分だ。
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