12 図書室のカウンター下で、こっそりイチャイチャする話

 心臓が破裂しそうな登校をなんとか乗り越え、午前と午後の授業もどうにかこなして、放課後になった。


 俺とルイは今、学校の図書室にいる。


 それも貸出カウンターのなかで、普通に並んで座っている。

 何を隠そう、俺たちは図書委員なのだ。


「そういえば、あたしと涼介りょうすけって教室の席も隣だし、図書委員の当番も一緒なのよね」


「まあ、当番に関してはクラスごとだからね」


 同じクラスで委員をしていれば、当番がかぶるのも当然だ。


「それはそうなんだけど……」


 ルイは何か腑に落ちない様子だった。

 その手元には一冊の文庫本があり、見るともなしにペラペラとページがめくられている。


 図書室には他の生徒もいるので、俺は小さな声で訊ねる。


「何か気になることでも?」

「うん」


 小さな頷き共に、ページをめくる手が止まった。


「あたし、恋愛小説好きなのよね」

「知ってる。休み時間にたまに隣の席で読んでるし」


「だから図書委員も一年の頃からやってたの」

「それも知ってる。一年の時も同じクラスだったからね」


「涼介は?」

「ん?」


「涼介はなんで二年になって突然、図書委員になったの?」

「う……っ」


 反射的にうめいてしまった。

 それがミスだと気づいた時にはもう遅い。


 ニヤニヤと頬を緩め、ルイが頬杖をついてこちらを見つめてくる。


「なんでー? なんで涼介は突然、図書委員になったのかなー?」


 わざと間延びした口調。

 しかも美少女なので頬杖が絵になっている。

 いたずらめいた流し目もポイントが高い。


 思わず見惚れてしまいそうだった。

 しかしそんな悠長な事態ではない。


 なんとか誤魔化そうと思い、俺は必死に口を開く。


「お、俺も本が好きなんだよ」

「うそ。涼介からそんな話聞いたことない」


「実は以前まえから図書委員の仕事に興味があって」

「それもうそ。こんな地味な仕事、本好き以外はしないから」


「ええと、それじゃあ……」

「ふふ」


 俺が言い淀むと、ルイは楽しそうに笑った。

 そしてカウンターの下、図書室の生徒たちに見えない位置から、あろうことか――指先でそっと俺の手のひらをなぞってくる。


「ちょ……!?」

「しっ」


 頬杖をついていた手が動き、指先がルイ自身の唇に当てられる。

 

「図書室ではお静かにお願いします」

「やっ、でも……っ」

「別に変なことしてるわけじゃないでしょ?」


 爪を手入れしてある、きれいな指先。

 それが俺の手のひらを、つぅー……っとなぞっていく。


 感じたことのない刺激にゾクソクしてしまった。

 他の生徒たちに隠れてされている、という背徳感もヤバい。


「ルイ、だめだって。こんなこといけない」

「じゃあ、ちゃんと質問に答えてください?」


「やー、それは……」

「答えないと――もっとすごいことするよ?」


 何をされるんだろう、とちょっと期待してしまった自分はだめ人間だと思う。

 無理だ。これ以上はしのげる自信がない。


「降参?」


 俺の表情に気づき、ルイがこれまた楽しそうに小首をかしげた。

 ふわっ揺れる黒髪がすごく可愛くて、やっぱり勝てないと思ってしまう。


「……分かった。降参」


 仕方ない。

 恥ずかしいけど、白状しよう。


 観念し、俺は手のひらをなぞっていたルイの指先をぎゅっと握る。


「ルイがいるからだよ」

「――っ」


「今年も図書委員やるだろうなって分かってたし、教室の席も隣になってよく話せるようになったから、もっと仲良くなれたらと思って……それで勇気を出して立候補したんだ」


 ああ、恥ずかしい。

 まさか付き合った後に白状するのがこんなに恥ずかしいだなんて。


 きっとルイは猛烈にニヤニヤしてるだろうなぁ。


 でもルイが目当てで図書委員になったのは事実だからしょうがない。

 諦めてイジられよう。


 目を逸らしていた俺は覚悟を決め、ルイの方へ向き直る。

 すると、


「りょ、涼介のばか……」


 びっくりするくらい、真っ赤になっていた。

 白い肌が紅葉のように染まり、ルイは椅子の上で小さく縮こまってしまっている。


 まさかこんなに恥ずかしがるとは思わなかった。


「え、なんで? 俺がルイを追って図書委員になったって、気づいたから質問してきたんでしょ?」


「そ、そうだけどっ。でもいきなり手握るんだもん……っ」

「あ」


 確かに俺はカウンターの下で思いっきりルイの手を握っている。

 しかも覚悟を決めての白状だったので、いつもより強く握ってるぐらいだ。


 ルイはめちゃくちゃ動揺していた。


「い、いきなりぎゅって握られて、びっくりしてなんか電気が走ったみたいになって、そこに告白みたいなこと言うんだもん。しかも他の人たちもすぐそこにいるんだよ? 無理、マジ無理、こんなことされたらあたし、おかしくなっちゃう……っ」


 赤くなった顔を隠すように、ルイはカウンターに突っ伏す。

 

 ……いや、ルイも似たようなこと俺にしてたよね?


 と思うのだが、実は最近分かってきたことがある。

 ルイは自分が攻める時はノリノリだが、攻められると途端に弱々になってしまうのだ。


 そうなれば、もうこっちのもんである。

 俺は突っ伏したルイに対し、カウンターの下で手をニギニギしながら呼びかける。


「ルイー?」

「……無理」


「ちゃんとお仕事してくださーい?」

「……マジ無理。あと涼介やって」


「えー、ルイと図書委員するために立候補したのになぁ」

「……もうっ。今、そういうこと言わないでってばっ」


 赤くなり過ぎて、もうルイの頭から煙が出そうな勢いだった。

 

 すごく楽しい。

 もうちょっとだけ、からかいたくなってくる。


 他の生徒は……よし、こっち向いてないな。


 まわりの様子を確認し、俺は少し調子に乗ってみる。

 身を乗り出し、ルイの耳元へ。


「ねえ、ルイ」


 これは冗談、あくまで冗談だけど……。


「カウンターの下で……もっとすごいこと、してみる?」

「――っ!?」


 ルイの肩が跳ね上がった。

 俺も予想外の反応だったので、軽く仰け反りそうになる。


 ルイは驚いた様子でこっちを見て。


「そ、それって……」


 嬉しそうな。

 困ったような。

 期待するような。


 そんな表情で彼女は俺の度肝を抜くようなことをつぶやいた。


「……隠れて、キ、キスとかする、ってこと?」

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