13 仕事中にキスしたくなって、我慢しきれず、そして……という話
「……隠れて、キ、キスとかする、ってこと?」
ルイのその問いかけに俺は「……っ」と息を飲んだ。
ここは図書室。
図書委員の俺たちはカウンターの内側にいる。
ほんの二メートル先では生徒たちがいて、本を読んだり、自習したりしていた。
ルイとからかい合っていた俺はつい調子に乗ってしまい、『カウンターの下ですごいことしてみる?』と言い、返ってきたのが今のルイの言葉である。
体温が急上昇していくのが分かった。
顔が熱い。
くそ、ぜったい赤面してしまっている。
でも黙っているわけにもいかない。
ぎこちなく口を開き、俺は小声で言う。
「そ、それは……さすがにマズいでしょ」
「え……キ、キスじゃないの?」
「じゃない、じゃない。そこまでは考えてない」
「でも、すごいことはするんでしょ……?」
ルイは本気で緊張しているようだった。
もし俺がすると言ったら、どんなことでもしかねない雰囲気だ。
「逆に聞くけど……ルイはいいの? 俺がとんでもないこと言う可能性だってあるのに」
そう訊ねた直後、俺は思い出した。
今朝、登校する前、喫茶店の裏の駐車場でルイが言ったことを。
――涼介になら……もう、何されてもいいや。
その言葉通り、彼女はコクリと頷いた。
とても恥ずかしそうに頬を染めて。
「他の人に見られないようにしてくれるなら……いいよ」
「……っ」
激しく動揺してしまった。
ルイの潤んだ瞳と熱っぽい表情、しなだれた黒髪がやたらと色っぽかったからだ。
男子の
そしてルイがそのよからぬことを受け入れてくれると確信できてしまって、さらに動揺する。
「やっ、その……っ」
あたふたと手を振り、それがカウンターの上の日報にぶつかった。
日報やシャーペン、それに下敷きなどが足元に落ちてしまう。
「きゃっ、ちょっと涼介」
「ご、ごめん、慌てちゃって……!」
日報は図書委員会のものなので汚したらいけない。
俺たちは同時に足元へ手を伸ばした。そして、
「えっ!? りょ……っ!?」
「あ……っ!? ルイ!?」
頬と頬が触れ合ってしまった。
お互いに座ったままで手を伸ばし、屈んだ拍子に頬同士が当たったのだ。
柔らかい。
信じられないくらい柔らかかった。
一瞬、胸に当たってしまったのかと思ったくらいだ。
女子の頬がこんなに柔らかいなんて思わなかった。
「りょ、涼介……」
「……ごめん」
反射的に謝った。
でも体を離すことができない。
すぐそこにたくさんの生徒たちがいるのに。
早く離れなければいけないのに。
ずっとこうして触れていたいと思ってしまう。
「……涼介、なんか男の子っぽい雰囲気がする」
「そうかも。ルイがすごく魅力的に見えて……」
「――っ! ほ、ほんと?」
「本当。だからちょっと理性が……」
「だったら……」
突然、ふにゃっとした感触。
「こういうの……嬉しい?」
「……っ!?」
驚き過ぎて、全身が硬直した。
何かと思ったら、ルイが頬をすり寄せてきていた。
柔らかい。
ただ当たっていた時以上に、柔らかな弾力がダイレクトに伝わってくる。
「ね、嬉しい?」
「……正直、嬉しい」
「へへ、やったっ」
いたずらが成功した子供みたいな声が可愛い。
ああ、ヤバい。本当にヤバい。クラクラしてくる。
「ルイ、俺、俺さ……っ」
「キス……したいの?」
「したくなってきた。でもこんな大勢がいるところで成り行きみたいにはしたくない。ちゃんとデートして、雰囲気作って、そうやってルイを大切にして、それでしたかったのに……っ」
「……その気持ちだけで十分。涼介はあたしのこと、大切にしてくれてるよ」
ルイがそっと腕を絡ませてきた。
胸が当たりそうになる。
あと数センチ。
ほんの数センチ、俺が腕を動かせば、頬よりもっと柔らかいものに触れてしまう。
心臓が早鐘のように脈を打っていた。
頭のなかがルイでいっぱいになっていく。
「……好きにしていいよ。あたしは涼介のものだから」
愛おしそうに頬をすり寄せて。
甘やかすように腕を絡めて。
ルイは囁く。
「……涼介、大好き」
ああ、ダメだ。
もう我慢できない……っ。
俺は腕を絡ませてきているルイの手をぎゅっと握る。
そして真っ直ぐに告げた。
「ルイ、キスしたい」
その瞬間、彼女は嬉しそうに、はにかんだ。
「はい……っ」
どちらともなく唇を近づける。
決して静かなものじゃない。
お互いに気持ちを抑えきれず、情熱のおもむくままに距離を詰めていく。
そして唇が触れるか、触れないかという――直前。
知らない女子生徒の声が響いた。
「すみません、貸出を……あれ? 誰もいない?」
「「――っ!?」」
貸出希望の生徒だ。
俺とルイは勢い余って椅子から転げ落ちそうになる。
だがその瞬間。
唇の端にマシュマロのように柔らかい何かが当たり――チュッと音がした。
「「~~っ!?」」
気絶しそうになるくらい、驚いた。
それでも生徒が来ている手前、どうにか体勢を立て直し、まずは俺が立ち上がる。
「すみません! お待たせしました!」
「わっ、え、なになに?」
「いや、ちょっとカウンターの下に物を落としちゃってて……っ。貸出ですか?」
「あ、はい。お願いします」
俺が突然、カウンターの裏から生えてきて、女子生徒は驚いたような顔をしたが、どうにか勢いで誤魔化せた。
貸出カードに記入してもらっていると、その間にルイもよろよろと立ち上がってくる。
ちなみにめちゃくちゃ顔が赤い。
赤いというか、ルイの顔はもう火照っている。
細い指先がさ迷うように揺れ、ルイ自身の唇に触れる。
「……やば。どうしよう。もうワケ分かんない……」
独り言のようなつぶやき。
俺も同じ気持ちだった。
女子生徒に声を掛けられた、あの瞬間。
俺たちは椅子から転げ落ちそうになり、そして――唇の端と端が触れ合った。
正面からではなく、あくまで端と端。
ルイの唇はとんでもなく柔らかかった。
正直、その感触によって、俺は今とても興奮してしまっている。
でも正面からじゃない。
あくまで唇の端と端だ。
だからルイと同じく、俺はすさまじく混乱していた。
……今、俺たちはキスをしたことになるのか!? ならないのか!?
「あ、日付書かなきゃいけないんだ……今日って何日でしたっけ?」
「ここに卓上カレンダーがあります」
「あ、どうも」
冷静さを装って女子生徒に対応しているが、俺は胸の高鳴りを抑えきれなかった。
カウンターの下で手を伸ばし、ルイの手をぎゅっと握る。
「――っ」
ルイはピクッと反応すると、すぐに握り返してくれた。
その手のひらは熱に浮かされているかのように熱い。
ああ、やっぱり同じ気持ちなんだ、と伝わってくる。
キスしたことにしていいのか、いけないのか。
まだその判断はつかない。
ただそれでも確かに言えることがある。
「…………」
「…………」
真面目な図書委員のふりをしながら。
カウンターの下で手を繋いで。
俺たちは――信じられないくらい、ドキドキしていた。
やがて女子生徒が貸出を終えて離れていく。
すると、ルイが熱い吐息交じりに囁いた。
「涼介、今日の帰り、また……公園寄りたい」
「うん、寄ろう」
食い気味に俺も頷く。
一刻も早く下校して、二人っきりになりたい。
俺たちはもうそんな気持ちでいっぱいだった――。
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