08 公園に寄り道したら、頬っぺたジュースで甘々になった件

「あーもう、マジで恥ずかったぁ……」


 ルイはベンチに座り、顔を押さえて悶えている。

 自動販売機の方へいっていた俺は、苦笑いしながらそこへ戻ってきた。


「あはは、これからは人の目には気をつけなきゃね」

「ちょっと、笑いごとじゃないでしょ」


 唇を尖らせる、俺の彼女。


涼介りょうすけの友達の谷崎たにさきだったからまだよかったけど、本当に恥ずかったんだから」


「や、それは俺もだって。まさか友達に……イ、イチャイチャしてるところを見られるなんてさ」


「こ、言葉にしないで! やだ、もう顔から火が出そう……っ」

「同感。本当、同感……」


 30分ほど前のこと。

 俺とルイは教室で谷崎と話していた。


 しかしいつの間にか、ついつい自分たちの世界に入ってしまい、谷崎に真正面からお叱りを受けることになった。


 曰く、『クラスメートのイチャイチャを目の前で見せつけられるダメージといったら半端なきものよ? 羨ましいんだか、微笑ましいんだか、恥ずかしんだか、ワケ分かんなくて頭がおかしくなりそうだぜっ』とのこと。


 正直、こっちも恥ずかしくて頭がおかしくなりそうだった。反省である。


 その後、俺たちは谷崎と別れ、一緒に下校。

 通学路の途中の公園で寄り道をすることにし、今に至る。


 ここはちょっと広めの公園で、いくつものベンチがあり、正面には大きな噴水もある。そろそろ夕暮れ時なので、噴水の水が夕焼けに反射して、とてもきれいだ。


 俺は自動販売機で買ってきたジュースをルイへと手渡す。


「はい、どうぞ。オレンジで良かったんだよね?」

「ん、ありがと」


 お礼を言い、ルイは受け取ろうと手を伸ばす。

 でもその途中で、ふいに「……あ」と何かに気づいたような顔になった。


「ルイ?」

「これ……」


 ちょっと嬉しそうに、ふふ、と微笑む。


「……初めて彼氏に何か買ってもらっちゃった」

「――っ」


 可愛いことを言われ、心臓が跳ね上がった。

 たった100円ちょいのジュースでこんなに喜んでくれるなんて、俺の彼女はなんて可愛いんだろう。


 ……ん? いやでもちょっと待てよ。


 ドキドキから一転、俺は瞬時に思い直した。

 伸ばしていた腕をくの字に曲げ、ルイにジュースを渡さない。


「やっぱやめた」

「は? なんでよ?」

「だってさ……」


 気恥ずかしくなって、俺は視線を逸らす。


「ルイに最初にあげるものは、もっと良いものにしたいし……」

「……っ」


 途端、今度はルイの頬がかぁーっと赤くなった。


「……ば、ばか」


 もじもじしながらつぶやく。

 なんとも気恥ずかしい空気が流れた。


 しかし彼女は気持ちを切り替えるように首を振ると、突然、ベンチから跳ねるようにジャンプして、俺の手からジュースを奪い取る。


「あっ」

「これでいいの!」


 黒髪を揺らし、爽やかに微笑む。

 そしてルイは自分の頬へ冷たい缶ジュースを押し当てた。


「あたしはこれがいい。だって本当に最初に買ってくれたものだし、涼介のせいで熱くなった頬っぺたも冷やせるしね?」


 ……参ったなぁ。


 心のなかで俺は苦笑する。

 どうにもルイには敵わない。

 彼女が魅力的過ぎて、どうにかなってしまいそうだ。


「俺も顔が熱くなってきちゃったよ」

「涼介も自分のジュースで冷やせば?」


「でもこれは……」

「あたしのせい?」


「そう、ルイのせい」

「だったら……」


 ルイは自分のジュースを頬から離す。

 そして――。


「あたしが冷やしてあげなきゃね?」


 ぴとっ、とルイのジュースが俺の頬へと当てられた。

 あ……とつい声がこぼれてしまう。


 なんていっても、さっきまで彼女の頬に当たっていたジュースだ。


 冷たいはずなのにほのかな体温が残っている気がして、逆に落ち着かない気分になってくる。


 そんな俺の気持ちを見透かして、ルイは実に楽しそうだ。


「どう? 冷たくて気持ちいいでしょ?」

「……や、逆にどんどん熱くなってく気がする」


「えー、困ったわねえ。あたしのジュース、沸騰させないでよ?」

「させるつもりはないんだけど、たぶん自分じゃ制御できないかな……」


「なんでそんなことになっちゃうのよ? ……あ、分かった」


 ニヤニヤと頬をつり上げ、彼女は猫のように笑う。


「涼介、エッチなこと考えてるんでしょ?」

「考えてない、考えてない」


「うそ。あたしの頬っぺたに当たってたジュースだから嬉しいくせに」

「……っ。それはまあ……嬉しいけどさ」


「やっぱり。あーあ、エッチな彼氏で困っちゃうなぁ、あたし」

「いやいや間接キスでもあるまいし、これはエッチなことには含まれないでしょ?」


「つまり涼介は間接頬っぺたでも興奮しちゃう男子なんだ?」

「間接頬っぺたってなに? それで興奮するような男子はレベル高過ぎだって」


「でも涼介、興奮してるでしょ? 嬉しいって喜んでるし」

「うっ、確かに……っ」


 いつの間にか、俺がレベル高過ぎる男子になっていた。

 くっ、なんて巧みなロジック。

 しかし風評被害にも程がある。

 

「分かった。じゃあ、この間接頬っぺたをやめればいいんだ。それで俺はレベル普通の男子に戻れる」


 そう言い、ジュースを押し当ててるルイの腕に手を伸ばす。

 途端、彼女のニヤニヤがさらに深くなった。


「あー、もっともらしいこと言って、あたしの手に触ろうとしてるー」

「……っ。ち、違うってば!」


「きゃー、エッチな彼氏に襲われるー!」

「ちょ、やめてって! それは心外だ、心外っ」


 きゃっきゃ言いながらルイが逃げ出し、堪らず俺は追いかけていく。

 

 なんということだろう。

 谷崎と教室にいた時よりも、さらにアレな空気になっている。

 公園にあんまり人がいなくて本当に幸いだった。


 しかし、うん、それにしても……。


 スカートを揺らして逃げていくルイを追いながら、俺は心の底から思ってしまった。


 あー、くそう。

 大好きな彼女と寄り道するのは楽しいなぁ……!

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