05 彼女の前でラブレターを熟読したら、楽しい昼休みになった件
「だから……これは
昼休みになり、俺はルイに屋上に連れてこられた。
本来は立ち入りが禁じられている場所なので、他の生徒の姿はない。
ルイは女の子座りの体勢でフェンスに寄りかかり、自分が書いたラブレターを持て余すように摘まんでいる。
「でもなんかタイミングが掴めなくて、ずっと鞄に入れっぱなしでさ。そしたら昨日、相談があるから残ってくれ、って北原に言われて……これは女絡みだってピンときた」
隣で同じようにフェンスに寄りかかりつつ、なるほど、と俺は相槌を打つ。
俺の相談は女絡みというより、友達の女絡みの相談だったんだが、それはまあ指摘しなくてもいいことだろう。
「北原の相談がどんなものでも、たぶんあたしとの関係は変わっちゃうだろうから……だから思いきってショーコに頼んだの。放課後、帰宅部の生徒が帰った頃にこれを北原の下駄箱に入れといて、って」
「で、そのまま忘れてたってわけか」
「しょ、しょうがないでしょ」
体育座りの姿勢に移行し、ルイは自分の膝に突っ伏す。
「だってまさか昨日のうちに付き合うことになるとは思わなかったんだからっ。家に帰ってからも頭いっぱいで、手紙のことなんて思い出す暇なかったし!」
「そっか、俺のことで頭いっぱいだったのか」
「ニヤニヤするな、恋愛脳! キモいから!」
いつものごとく強めな言葉だが、迫力がまったくない。
さすがのルイも自分のラブレターを手にして強気には出られないようだ。
とりあえず事情は分かった。
俺はおもむろに両手を差し出す。
するとルイは盛大に頬を引きつらせた。
「な、なに? なんなのその手?」
「いや受け取ろうと思って。そのラブレター」
朝、下駄箱で見つけてからというもの、ラブレターはずっとルイが持っていた。どんなに言ってもかたくなに渡してはくれなかったのだ。
でも事情も聞いたし、もういいだろう。
受け取って早く読みたい。
しかしルイはラブレターを抱き締めるようにして拒んでくる。
「だめ! ぜったいだめ! 北原には見せない!」
「いやいや、でも俺宛てなんでしょ?」
「そうだけど、もういいじゃん」
「よくない、よくない。なにがいいって言うのさ?」
「だから……っ」
恥ずかしそうに言い淀み、ルイは小声で言う。
「……あ、あたしの気持ちはもう伝えてあるし」
頬を赤らめた横顔がとても可愛かった。
しかし俺もここで引くわけにはいかない。
座ったままでルイとの距離を詰めていく。
「ちょ、なに、なんで近づいてくるの……?」
「そのハートのシール」
封をしてある、ハート型のシールに俺は視線を向ける。
「右にも左にも寄ってないし、上下も完璧だ。俺さ、親に頼まれて封筒出したりする時、いつも切手が曲がっちゃうんだよ。でもその手紙は違う。きっと本当に気をつけて、シール一枚だってすごく丁寧に貼ってくれたんだと思う」
「…………」
「なかの手紙もきっと心を込めて書いてくれたんだろうな、って封だけで伝わってくる。だから読みたいよ。せっかく水野が書いてくれた手紙を無駄にしたくない」
「…………」
「だからお願い。その手紙、俺にくれないかな。どうしても読みたいんだ」
「…………」
途中からルイはぷるぷると震えていた。
しかし突然、「もう……っ」と地団太を踏み始めた。
「そういうとこ! 本当、そういうところなんだからね、北原は!」
怒ったような困ったような言葉と共に、ぐいっとラブレターを押しつけられた。
「いいの?」
「……もう好きにして」
「やった」
「ただし、あたしのいないところで……って、ちょっと!?」
俺は素早く封を開け、手紙を取り出す。
「あたしのいないところで読んでってば!?」
「いや無理。昼休みまで待ったから、もう待ちきれない。それにすぐ返事したいし」
「返事なんていらないでしょ!?」
「じゃあ、すぐに感想伝えたいし」
「感想ぉ!?」
目がまん丸になった上、声が裏返っていた。
一方、俺は極めて冷静に言う。
「だって好きにしていいんでしょ?」
「そ、そうは言ったけど……っ」
「じゃあ、読むね」
「あ、ちょっと……!」
ルイが腕を掴んできたが、すでにこっちは手紙に目を通し始めている。
あとの祭りなことに気づき、「本当にもう……っ」とルイはまた突っ伏した。
「目の前でラブレター読まれるとか、どんな羞恥プレイよ。北原って恋愛脳な上にドSなの……?」
拗ねたような目で見られながら、俺は真剣にラブレターを読む。
手紙には丁寧できれいな文字が並んでいた。
『
突然、こんな手紙を差し上げてごめんなさい。
一年生の頃からずっとあなたのことを見ていました。
わたしは北原君のことが好きです。
北原君はいつも真っ直ぐに人の気持ちを汲み取れる人だと思います。
自分でいうのもなんですが、わたしは素直な人間じゃありません。
いつも斜に構えていて、人を傷つけかねない言葉を口にしてしまいます。
だから北原君の真っ直ぐさが羨ましくて、いつも目で追っていました。
そして気づいたら、あなたのことばかり考えるようになっていました。
付き合って下さいなんて、わたしみたいな人間が言えません。
でもどうしても気持ちを伝えたくて、この手紙を書きました。
もし嫌じゃなかったら、今日の放課後、校舎裏に来てください。
わたしの口から気持ちを伝えたいです。
ワガママを言ってごめんなさい。
どうかお願いします。
R.M.』
気づけば、手紙を持つ手が震えていた。
感極まって、上手く言葉が出てこない。
するとルイが突っ伏したまま、腕の間からこっちを窺っていることに気づいた。
「北原……?」
俺は軽く鼻をすすり、彼女に向かって告げた。
「……放課後、ぜったい校舎裏にいくから」
「いや、いかなくていいから! ってか、あたしもいかないから!」
「本当にありがとう。水野の純粋な想いが伝わってきた」
「恥ずい! 涙声で感想言うのマジでやめて!」
「っていうか水野、付き合うつもりはなかったの……?」
「う……」
問いかけに対し、ルイは少し言い淀んだ。
膝を抱え、もごもごと口ごもって視線を逸らす。
「だってほら、あたし……口悪いし、北原にもすぐキモいとか言っちゃうし、付き合ってもらえると思ってなかったし……」
「でも教室で告白してくれた時は俺に『彼女作れば』って言って、『あたしでいいじゃん?』って」
「あれは話の流れがあったから……。あんなふうに言えたのは今でも奇跡だったと思ってる」
「水野……」
そんなふうに思ってたのか。
奇跡だというのなら、俺にとってこそ奇跡だ。
今、こうして付き合えていることがどれほど尊いことなのか、今さら実感できた気がする。
胸が熱くなり、俺はルイの手をぎゅ……っと握り締めた。
「き、北原っ!?」
朝、登校する時は恥ずかしくて指に触れることしか出来なかった。
でも今はしっかりと彼女の手のひらを包み込む。
「俺、大切にするよ。水野のこと」
「あ……」
彼女は頬を赤らめ、恥ずかしそうにうつむく。
そして、すぐにきゅ……っと握り返してくれた。
「あ、あたしも……大切にする。――
「――っ!?」
いきなり名前で呼ばれ、ただでさえ速くなっていた鼓動が跳ね上がった。
顔色を窺うような、それでいてどこか甘えるような瞳が上目遣いで見つめてくる。
「付き合ってるんだからさ……名前で呼びたい。それであたしのことも名前で呼んでほしい。……だめ?」
ぜんぜんだめじゃない。
むしろ俺にとっては願ってもない話だ。
「分かった。これからは名前で呼ぶよ。――ルイ」
「……ん」
まるで花が咲くように彼女は小さく微笑んだ。
「ねえ、涼介」
「なあに?」
「呼んだだけ」
「じゃあ……ルイ」
「んー?」
「呼んだだけ」
子供みたいなやり取りがおかして、二人同時に噴き出した。
繋いだ手を上下に揺らし、ルイがわざとらしく唇を尖らせる。
「ちょっと、パクらないでよね」
「でもパクらないと名前呼べないからなぁ」
「じゃあまあ……しょうがないか」
「そう、しょうがない。ねえ、ルイ」
「呼んだだけ?」
「うん、呼んだだけ」
また同時に噴き出した。
なんだろう、名前を呼び合ってるだけなのにすごく楽しい。
正直、こんなに楽しい昼休みは初めてかもしれない。
そのあとも俺たちは「涼介」「ルイ」と、チャイムが鳴るまでお互いの名前を呼び続けたのでした。
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