15 胸の大きな彼女は好きですか?

「あのね、涼介りょうすけ。このままハグしたら、きっと……」


 両手をお椀のような形にして。

 それを左右の胸に押し当てて。

 とても刺激的なポーズでルイは言った。


「……あたしの胸が涼介に思いっきり当たっちゃう」


 彼女は見たことがないくらい真っ赤だった。

 一方、俺も未曽有の大問題によって、大混乱に陥っている。


 これはどうすればいいんだ……!?


 付き合いたてだからキスには早い、と話し合ったばかりなのに、まさかハグで胸が当たってしまうなんて。


 俺には正解が分からない。

 絶句していると、ルイが申し訳なさそうに俯いた。


「なんか……ごめん。あたしがやたら育ったりしてなかったら、こんなことで悩まなくて済んだのに……」


 そ、育ったりって……っ。


 胸を押さえがらそんなことを言われたら困ってしまう。

 もうルイの言葉だけで心臓がおかしくなりそうだ。


「涼介は……」


 俯きつつ、少しだけこっちを窺ってくる。

 どこか不安げな上目遣いで、ルイは囁く。


「胸の大きい彼女ってイヤ……?」


 嫌なわけない。

 でもそれは口にしていいものか。


 女子に対して、胸の大きな子が好きだなんて言うのは変態な気がする。


 いや待て、違う。

 落ち着くんだ、北原きたはら涼介。


 相手はただの女子じゃない。

 ルイだ。水野みずの瑠衣るいだ。俺の彼女だ。


 正直に体のことを言ってくれた彼女に対して、隠し事をするなんてフェアじゃない。


 きちんと伝えるべきだ。

 それがルイへの誠意になる。


「お、俺は……」


 しどろもどろながら、どうにか言葉を紡いでいく。


「その……胸の大きい子は……好き、です」

「ほんと?」


「本当。……だから付き合ってる彼女の胸が大きいと知って……今、その、テンションが上がっています」


 なぜか敬語になってしまった。

 一方、ルイは上目遣いでじっとこちらを見つめている。


「……テンション、上がってるんだ?」

「いや……!」


 ビクッと全身が強張った。


 スマホのなかのヤラしい動画を中3の妹に見られそうになった時のような危機感が全身を駆け巡る。


「もちろん前提としてルイが好きっていうのがあって! たまたまルイの胸が大きいっていう情報を聞いてテンションが上がってしまっただけで、逆に小さいって情報を聞いたら、その瞬間に俺は小さい胸が好きになってたと思う! 何が言いたいかっていうと、ルイがいいんだ! ルイのことが好きなんだ! だから大きい小さいは本質的には関係ないんだ!」


 怒涛の勢いで弁解すると、途端にルイが噴き出した。

 そのままお腹を抱えて笑いだす。


「めっちゃ早口じゃんっ。ウケる、なんでそんなに挙動不審になっちゃうの?」

「う……っ。い、いや……ルイに誤解されたくなかったから、つい」


「そっかそっか。涼介はあたしのことが大好きなんだね? それであたしの胸にも興味津々なんだ?」


 ネコのようにくりっとした目で見上げて、からかってくる。

 俺はとにかく恥ずかしくて、明後日の方を向くことしかできない。


「そ、そういう言い方は誤解を招くのではないかと……」

「でも誤解じゃないんでしょー?」

「ない、けれ、ども……」


 頭を抱えたくなった。

 不安になって俺はつい尋ねてしまう。


「ルイ……幻滅した?」

「え、なんで? 幻滅する要素なくない?」


「男子的にはめちゃくちゃあるような気がするんです……」

「女子的には……ってか、彼女的にはないけど?」


 ないのか。

 ないならいいのだけど。


 まだ不安をぬぐえない俺に対し、ルイは黒髪を揺らして流し目を送ってくる。


「他人だったらキモいけど、彼氏が自分の体に興味津々なんて、あたしはポイント高いよ? だから心配しないの。ね、涼介くーん?」


 そう言って、子供をあやすように頭を撫でられた。

 いつもは俺がルイを撫でてるから、逆になった感じだ。


「で、どうする?」

「どうって……」

「ハグ」


 ルイは楽しそうに頬を緩める。


「あたし今、涼介とすっごいハグしたい気分です」

「……っ」


 そんなの俺だって同じだ。

 もともと言い出しっぺは俺なんだから。


 でも胸が当たってしまうのは道徳的に……。

 まだ付き合って日も浅いのに……。


 と考えていて、ふいに自分がとても馬鹿ことを悩んでいるんじゃないかと思えてきた。


 ルイがハグをしたいと言ってくれていて、俺だってルイを抱き締めたいと思っている。だったら躊躇する理由なんてない。


 大きく深呼吸し、俺は彼女をきちんと見つめる。


「ハグさせて下さい」

「胸当たっちゃうけど、いいですか?」


「いっ、いいと思い……ますっ」

「むしろ当たってほしいとか?」


「いや、その……っ」

「涼介のエッチー」

「……っ」

 

 意を決したつもりが、ルイのイジりであっけなく崩されてしまった。


 俺はとうとう本当に頭を抱え、ルイが「あははっ」とこれまた楽しそうに笑い声を上げる。


「ごめんごめん、イジり過ぎちゃった?」

「男子にとっては非常にセンシティブなことなので、配慮をお願いしたいです……」


「ふーん……よく分かんないけど、ハグとか胸が絡むと涼介って弱々になっちゃうのね。なんか面白い」


 ふふ、と笑い、彼女は指先で髪をかき上げる。


「じゃあ、今日は特別にルイさんがリードしてあげようかな」


「リード?」

「そ」


 軽く頷くと、ルイは俺に向かって両手を広げた。

 そして聖女のような微笑みで言う。


「――おいで?」

「……っ」


 反射的に息を飲んでしまった。

 体温が急上昇し、喉がからからに乾いていく。


「い、いいの……?」

「もちろん。あたし、彼女だよ?」


 断る理由はない。

 そう、ないんだ。


 再び深呼吸し、俺は一歩を踏み出した。


 少しずつ、少しずつ近づいていく。

 開かれた腕の間へと入り、俺もおどおどと手を広げ返す。


 そして。

 そして、ついに。


 ――俺たちは抱き合った。


「いらっしゃい。よく来たね。偉いよ」


 とても優しい声でルイが囁く。

 そして次の瞬間だった。

 二つの大きな膨らみが俺の胸板に当たった。



  

 ふにゅん。




 ふにょん。




 時間差だった。

 最初は右で、次に左。


 両方の胸が当たり、反射的に「――っ」と呼吸が止まる。


 正直に言う。

 想像の10倍柔らかかった。


 制服の上から触れて初めて分かる存在感。

 大きな膨らみが俺の胸板で形を変え、健気に押し返してくる。

 

 興奮して頭がおかしくなりそうだ。

 そんな俺をさらに興奮させるように、ルイが首筋の辺りから問いかけてくる。


 髪を撫でている時とは違う、余裕ある女性の雰囲気で。

 背筋をゾクゾクさせる、吐息交じりに。


「柔らかい?」

「……っ」


 なんのことを聞かれているか、分からないわけがない。

 言葉を返せない俺に、彼女はさらに囁く。


「ね、柔らかい?」

「やわら……かい……です」


「嬉しい?」

「うれし……い……です……」


「右も左も涼介のものだよ?」

「……あ、ありがと……ございます……」


「興奮してる?」

「……こ、興奮してます……けど!」


 俺のなかで何かが弾けた。

 ルイの細い腰を思いっきり抱き締め、「きゃっ」と驚く彼女へ、思いを叫ぶ。


「俺、ルイの胸が当たってすごい興奮しちゃってるけど……でも信じて! ヤラしい気持ちだけじゃないんだ! こ、こうやってルイが胸に触れるのを許してくれるのが嬉しいっていうか、そういう気持ちもちゃんとあって……っ」


「うんうん、分かってるよ」


 あやすようにルイがぽんぽんと背中を叩いてくれる。

 その間も俺の勢いは止まらない。


「本当にっ、本当にルイのことが好きなんだ……!」

「知ってる知ってる。大丈夫」


「でもヤラしい気持ちを全否定するのも違うと思ってて……! それでルイに『自分に魅力がないかも』とか誤解させちゃってもいけないし……!」


「しないしない。だって涼介、今めちゃくちゃ興奮してるじゃん」


 また背中をぽんぽんし、ルイはさとすように言う。


「あたしは幻滅しないし、誤解もしないから心配しないで。真っ直ぐ想ってくれる涼介、興奮してくれる涼介、どっちも涼介だって分かってるから。だってあたし、彼女だもん。そんな涼介があたしは大好きなんだよ」


「……っ。ありがとう……っ」


 ほっとして、なんだか泣けてきてしまった。

 それに気づき、ルイが明るく笑う。


「泣いてるの? もー、ハグしてる時の涼介って、なんか可愛いなぁ」

「俺は……ちょっと自分が情けない」

「えー、いいじゃん。気にすることないって」


 ぽんぽんから変化し、今度は背中を優しくさすられる。


「あたしも髪撫でられてる時はふにゃふにゃじゃん? たぶん、あれって涼介以外にはぜったい見せられない顔だと思うの」


 確かに、あんなとろけたルイは俺以外には見られたくない。


「だから涼介もハグしてる時は弱々になっていいんだよ。あたししか見られない顔があるって、彼女としてはマジ嬉しいし」


「……そっか、そういうものなのかな」


「そういうものよ。髪を撫でてくれてる時はあたしが甘えるから、今は涼介が――めいっぱい甘えなさい?」


 可愛い命令形と同時に、ぎゅーっと抱き締められ――さらに胸を押し当てられた。


 ふにゃん、ふにょん、と柔らかい弾力がモロにやってくる。


「ちょ、ルイ……っ」

「いいから、いいから」


「でも……っ」

「大好きだよ、涼介」

「~~っ」


 それを言われたら、もう逆らえない。

 細い腰を思いっきり抱き締める。


「俺も好きだ……っ」

「よしよし♪」


 いい子いい子、と背中をさすられた。

 なんだかもう何もかもを許されたような気分だった。


 そうして。

 ルイの愛情と胸の柔らかさを感じながら。

 日が暮れるまで、俺は彼女のことを抱き締めさせてもらった。


 彼女に甘えてもらうのも嬉しいけど、思いきって彼女に甘えるのも、すごく幸せな気持ちになれる。


 そんなことに気づいた夕暮れだった――。

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