18 彼氏は彼女の下着を見ていいらしい

 朝の通学路。

 まだ誰も通っていない道の上で、俺とルイはしゃがみ込んで悶絶している。


 俺がとんでもない提案をしてしまったせいだ。


 いずれ二人の間でそういうことが始まっちゃった時、ルイは最初は優しくしつつ、でも同時にオオカミみたいに夢中になってほしいらしい。


 俺は真剣に考え、そして『名案を思い付いた』みたいな顔で言ってしまった。


 まずは冷静に優しくして、ルイが俺の動きに慣れてきたら、オオカミになって夢中になるよ、と。


 動きって。

 いくらなんでも動きって。

 生々しいにも程がある。


 つい想像してしまい、あまりの恥ずかしさに俺たちは悶絶していた。


「ご、ごめん。俺が変なこと言ったせいで……」

「べ、別に。涼介りょうすけが真剣に考えてくれた結果だって分かってるし。それに……」


 ルイはしゃがんだ膝の上に両腕を置き、赤い顔を隠している。

 しかし少しだけこちらを向き、チラリと俺を見る。


「……たぶん、涼介の案が正解だと思う。あたしは痛くないようにちゃんと優しくしてもらえるし、涼介も途中からオオカミさんになってくれるし」


「う、うん」

「だから……」


 細い指先がこちらを差す。


「……採用」


 採用された。

 ルイと始まっちゃった時、どんな流れですればいいのか。

 その方向性がここに決定された。


 気恥ずかしさが倍増し、俺は頬をかきつつ、蚊の鳴くような声で言う。


「が、頑張ります」

「……お願いします。き、期待してますので」


「ご、ご期待に応えられるよう、誠心誠意努力します」

「あ、ありがとうございます」


 いつの間にか、なぜかお互い敬語になっていた。


「…………」

「…………」


 やっぱり恥ずかしい。

 俺たちは赤くなって同時にうつむく。


 でも恥ずかしさだけじゃなくて、同時にフワフワしたような嬉しさも感じていた。


 だって、始まっちゃった時の話なんて、普通はできない。

 彼氏と彼女だからこそ、できる話だ。


 しかもちゃんと話し合って答えを出せた。

 二人の気持ちが同じ方向を向いているのを感じられて、無性に嬉しくなってしまう。


「なんか……くっつきたくなっちゃった」


 しゃがみ込んだまま、ルイが身を寄せてきた。

 体の左側に彼女の柔らかさと体温を感じる。


「俺も同じこと思ってた」

「ほんと?」


「本当」

「あは、嬉しい」


 ルイが肩先に頬をすり寄せてきて、俺も彼女の髪に顔を埋める。

 シャンプーのすごく良い匂いがして、幸せな気持ちが溢れてきた。


 高校生が二人、道の真ん中にしゃがみ込んで、くっついている。

 人が通ったら、変に思われるかもしれない。


 だけど、もう少しだけ、あと少しだけこうしていたいと思ってしまう。


「ね、涼介は何かないの?」

「俺?」


「そ。始まっちゃった時、してほしいこと。……あたし、なんでもしてあげるよ?」

「……っ」


 囁くように言われ、息を飲んでしまった。

 すると、ルイが目ざとくからかってくる。


「あー、涼介がエロい顔してるー」

「や、今のは仕方ないって。それに……そういう話してるんだし」


「確かに。……涼介、今、あたしでエロいこと考えてる?」

「……考えております」


「やっぱり一番は胸? あたしの胸でめっちゃ遊びたいとか?」

「ごめん、待って。胸で遊ぶってどういう状況?」


「や、分かんないけど。男子が女子の胸をどうしたいのか、想像もつかないし」

「とりあえずは…………さ、触りたい、かな?」


 清水の舞台から飛び降りるぐらいの気持ちで白状した。

 しかしルイは当たり前のように笑顔で受け入れてくれる。


「いいよー?」

「あ、ありがとう」


 そんな会話をしていると、どうしても意識がルイの胸へと向いてしまう。

 すると、やっぱり目ざとく気づかれてしまった。


「あはっ。めっちゃ胸見てる」

「すみません。どうしても見てしまいます」

「仕方ないなぁ。許しましょう」


 そう言って大げさにうなづくと、唐突にルイは「あ、そうだ」とつぶやいた。

 

「見るって言えば、もう一個要望あったんだ。いい?」

「始まっちゃった時の要望?」


「そ」

「いいよ。なに?」

「えっとね」


 初めてだから優しくしてほしい、と言った時と違って、今度の要望はそこまで気負っている様子はなかった。


 ルイは気軽な感じで、ちょっとしたお願いをするように言う。


「あたしの下着――ちゃんと見てほしいな、って」

「な……っ」


 人生で一度もされたことのないお願いをされ、言葉を失ってしまった。

 しかしルイは何食わぬ顔で続ける。


「どんな下着がいいかな、って最近ずっと考えてるの。初めての時はやっぱり一番可愛い下着を見てほしいじゃない? それに涼介、胸が好きだから谷間がはっきり見えるブラがいいかなー、とか考え出すと結構楽しくて」


 だからね、と無邪気な笑顔でお願いされる。


「始まっちゃった時はすぐに脱がさないで、ちゃーんとあたしの下着姿も楽しんでね?」

「……っ」


 なんていうことだろう。

 俺の人生において、今まで女子の下着というものは見てはいけないものだった。


 たとえば学校の階段で女子のスカートのなかが見えそうになっても、視線を逸らすのが正しい行いだった。


 でも違うんだ。

 付き合っている彼女に対しては、ちゃんと下着を見るのが求められる行動なんだ。


 コロンブスの卵というのはこのことだろう。

 今までの価値観がひっくり返ったような衝撃だった。


「涼介? どうしたの? なんかびっくり顔で固まってない?」


 ルイが不思議そうに覗き込んでくる。

 可愛い顔がとても無防備にこっちを見つめてきて、俺の視界には制服に包まれた胸やスカートも映っていて――。


 こんなこと絶対に言えない。

 間違っても口に出すことはできない。


 でも。

 だけど。

 こぼれてしまった。


「……今、見たいな」

「ふえっ!?」


 思ったことが口から出てしまっていた。

 ルイは真っ赤になって目を見開き、俺も大慌てで弁解する。


「ごめっ、今のは違くて、つい心の声が出ちゃっただけで……っ」

「も~」


 困ったように苦笑し、突然、ルイの指先が俺の頬をつついた。


「――めっ」


 まるで子供を叱るような大人びた仕草にドキッとした。

 そして彼女は甘やかに囁く。


「今は我慢して。今日のは……2番目にお気に入りのやつだから。涼介には1番のを見せたいの」


 そのまま吐息交じりの声が耳元へ。


「だから……ね? お願い♡」


 クラッときてしまった。

 ルイがあまりに可愛くて、いじらしくて、魅力的で――反射的に抱き締めてしまう。


「きゃっ」

「わかった! 俺、我慢するよ! 大好きなルイがそう言ってくれるなら、俺ちゃんと我慢するから!」


「もー、これ、我慢してることになる? ……でも嬉しい」


 ルイが俺の背中に手を回してくる。


「好きだよ、涼介」

「俺もルイが好きだ」


「いつか始まっちゃった時は、最高の初めてにしようね」

「約束する。絶対に素敵な思い出にしてみせるから」


 そうして。

 結局、登校時間ギリギリまでハグし合った。


 朝からこんなにドキドキしてしまって、まともに授業を受けられるだろうか。


 そんな心配をしつつも、めちゃくちゃ幸せな朝だった――。

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