第4話 キャロルと侍女サラ
衣裳部屋で外出着を選んでいるキャロルの表情はいつになく明るかった。
楽しくて仕方がないといった様子で、ときおり思い出し笑いなのか、ウフフと笑っている。そんな主人と打って変わり、侍女サラは不満たらたらだった。
「こんな風に人に振り回されてばかりで腹が立ちませんか」
「どこに腹を立てる要素があるの?」
サーモンピンクのドレスをハンガーラックに戻し、カナリアイエローのドレスを手に取ったキャロルはサラを振り返る。
「どこもかしこもです」と侍女。
「結婚しろといわれて結婚し、離婚しろといわれて離婚するなんて」
「貴族の結婚なんてそんなものよ」
「結婚はそうでも離婚は違いますでしょ?」
「まあそうかもね。でも離婚できるだけいいんじゃないかしら。もしも離婚が出来ない仕組みなら、わたし」
キャロルは首を斬る仕草をした。
「暗殺されたかもしれないわ。だって公爵の結婚に国の平和がかかってるんだもの」
キャロルが菓子をもらった子どものように楽しげに笑うので、侍女は頭痛がするとひたいを押さえる。
サラはキャロルが十三歳の大公女様だった頃より仕えている侍女だ。年齢もキャロルより二つ上なだけだし、キャロルと一緒に大公国からやって来たのはサラひとりであることから、二人は親友のように仲が良い。
もちろん主従の関係を壊すほどではないけれど、キャロルは絶対的信頼をサラに寄せているし、サラもキャロルに生涯尽くすつもりで愛情持って仕えている。
「キャロル様。この件はお怒りになってもいい話なんですよ。離婚してさっさと故郷に帰れだなんて、無礼極まります。それをそんな嬉しそうに」
「だって嬉しいんだもの」
キャロルはドレスを胸に当てたままくるっと回る。
「このドレスにしようかしら。なんだか明るい色を着たい気分なの」
最近の数年間、キャロルは茶色や灰色など、地味な色ばかり着ていた。喪に服している奥方だってもっと華やかだろうというようなデザインのドレスを、申し訳なさそうに着て、うんと老けて見えた。
そして外出しようなんて前向きな予定を立てるのも数か月ぶりのことだった。以前に外出したのだってサラが無理やり引っ張り出したようなもので、それがキャロル自ら「城下へ遊びに行きましょうよ。お芝居を観てもいいわ」と言い出すとは、サラは目頭が熱くなる。
でも気分が上向いた理由が「離婚が嬉しいから」だなんて。
「納得できません。皇帝に抗議すべきですわ」
「まあサラ、あなた離婚に反対なの?」
あんまりだわ、とショックを受けた顔をするキャロル。「離婚には賛成です!」とすぐさま返すサラは、憤懣やるかたない。
「ウィンウッド公爵はクズです、ろくでなしです、悪党の中の悪党です。あんな男、キャロル様にふさわしくないのは、ずっと前からわかってました」
「だったらいいじゃない」
「よくありませんっ。離婚はいいんです。でもこのやり方は卑怯です。こんなの、まるでキャロル様が——」
「捨てられるみたい?」
にっこり笑うキャロルに、うぐ、と言葉に詰まるサラ。
キャロルはからから笑う。
「たしかに腹がちっとも立たないわけじゃないわ。お前なんか役立たずだって、いわれているようなものですものね。いらない、ポイっ、て」
「そうでしょう」
「でもこの惨めな生活に終わりがくるとわかって嬉しいのよ」
「キャロル様」
サラは涙ぐみながらキャロルを優しく抱きしめた。
キャロルもぎゅっ抱きしめ返す。
「元気出しましょ、サラ。街へ行って観劇したあとはカフェに行かない? 甘いものをたっぷり食べて、それから新しいドレスも注文しましょうか」
「そうしましょう。そのうち公爵領ともおさらばですから、めいっぱい楽しまないと損しますよ。ウィンウッド領は最先端で賑やかなところだけは、わたしも認めてますからね。そうだ、キャロル様。今のうちに欲しいものはなんでも買い漁りましょうよ。公爵夫人のための予算、キャロル様ったらほとんどお使いになってないでしょう?」
「そうね。なんとなく公爵のお金を使うのが嫌だったから最低限の維持費しか使用してないものね。こうなったら、繰り越した分まで消費しましょう」
こうしてキャロルは明るいカナリアイエローのドレスに着替え、サラを従え街へと繰り出した。
そして「ココからココまで下さいます?」と宝飾店のカウンターケースでついっと指を走らせた。その時の店長の驚きようったら。キャロルとサラは顔を見合わせて笑ったのだった。
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