第50話 悪魔に身代わりを頼んだと知り憐れむキャロル
コーデリア王女と結婚すれば……。
悪魔に自分の身代わりをさせて、放っておくつもりだったと白状したロジャーに、キャロルは怒りを通り越して憐れみを覚えた。
「あなた、王女を面白い人だと褒めてたじゃない?」
「褒めたかな」
「褒めてたわ」
「ああ」とロジャーはピンときたらしい。手を打つ。
「国王の宝物庫の鍵をおれにプレゼントするっていうんだ。コレ」
とゴソゴソとズボンのポケットから鍵を取り出して見せる。
「本物だってよ。すごいことする王女だと思って、おもしれーな、と。でも考えてみたら父親の宝物庫の鍵を敵国の司令官に渡すんだぞ。信用できないだろ、そんな女」
「気に入ってもらいたくて大胆な行動に出たのよ」
「気に入ってもらいたかったら、鍵を盗むより君みたいにかわいく笑ってたほうがいいと思うな」
「わたしがいつ、かわいく笑ったのよ。また変な本から仕入れてきた言葉ね。間違ってるから参考にしちゃだめだって教えてあげたでしょう」
「おれは君が笑うと嬉しいが、君が怒っていてもかわいいと思うよ。……そんな軽蔑の目をされてもゾクゾクする境地に達しているんだ、キャロル」
「やめて、気持ち悪い。変な本を読みすぎたせいね、気の毒に」
「ダニエルを恋愛の師に仰いだのが間違いだったらしい」
「そのようね。あの人、そっち方面は頼りにしちゃだめだったのよ」
ねえ、ロジャー。とキャロルは彼の肩に手をやる。
「あなた、コーデリア王女と結婚したら、悪魔を身代わりに立てて騙すつもりだった、といったのよね?」
「そうだ」
「そんなこと、平気でいったのよね?」
「つるっと平気でいった。名案だと思った。おれ天才かもってレベルで」
「わたしと結婚した時は」
嘆息交じりのキャロルは肩に乗せた手を下ろそうとした。
だが今度はロジャーが手首を握ってくる。引くも手を放しそうにない。
「ダニエルを代理にして式を挙げたでしょう? そのあとエスコートが必要な時もダニエルか、彼がダメなら家門の騎士を寄こしたわね? 周りが夫婦同伴でいるときに、わたし一人だけ扱いがそんなだから、どれだけ恥ずかしくて惨めだったか」
「おれが一緒のほうがパーティーやら何やらが楽しめないと思ったんだ。ああいった席は苦手だし。知ってるか? 貴婦人どもは、おれが前を通ると、いつも血の臭いがするって嫌がるんだ」
「あら、本当?」
キャロルは目をぱちくりさせた。
「あなたは人気があると思ってたわ」
「乱暴者に興味がある若い娘っ子には昔モテなくもなかった、と風の便りで耳にしたことがなくもない」
「どっちなのよ」
「ともかく、おれなりの善意だったんだよ、キャロル。君はおれのことが嫌いだと思ってたし」
「嫌いじゃ」と言いかけて、キャロルは黙った。
「……ロジャー。そんな嬉しそうで意地悪な顔しないでちょうだい。少なくとも今はあなたのこと大嫌いよ。軽蔑してる」
「おれのこと好きだったんだろ、キャロル」
「夫が好きだったの。夫になる人が、好きだったの。あなたじゃなくても良かったのかもしれない。今はそう思うわ。仲睦まじい夫婦に憧れてたのよね、わたし」
「今からでも」
「誰かさんがわたしの夢をぶち壊したけど。現実を教えてくれて感謝してます」
「どういたしまして」
ぺこっ。
「わたしの辛い記憶を、そうやっておちょくるばっかりして」
「おれは深い反省のもと、もう一度キャロルと——」
「反省しているようにも後悔しているようにも見えないわ」
キャロルはまだ手首を握ったままでいるロジャーの手に、開いているほうの手で爪を立てた。
「放してよ、ロジャー。今度の結婚でも悪魔を身代わりにしようとしてた男が、何を反省してるっていうの」
「悪魔だぞ? ダニエルじゃなく悪魔なんだ、そっくりおれに変身する悪魔。ということはだね、王女は身代わりだって気づかないんだな。こんな素晴らしい計画を考えたおれって——」
キャロルは聞くに堪えなくて、ロジャーのすねを蹴った。
「!!」
激痛だったらしい。爪を立てた時は笑顔を浮かべていたロジャーの目の端っこに涙が浮かんでいる。それでも手を放すどころかますます力強く握ってきたけれど。
「放して。痛いわ、ロジャー」
「いだいのはこっちだとおもうぞぎゃろる」
「は?」
「骨がパキッといったかと思った」
「くだらないことを自慢げに話すからよ」
「本人は気づかないのに何がダメなんだよ。あのな、君の話を聞いて反省したのは本当なんだよ。だから、向こうを傷つけず寂しがらせず、一方でおれは面倒ことから解放されて円満に生活が続く方法だと思って」
「ロジャー。自分は成長したと思っているのね? 他人の心を労わることができるようになったと?」
「うん。成長したと思う」
「そんな褒めてほしそうにしたところで、褒める箇所なんてひとつもないのよ、ロジャー」
「まさか」
「まさかのまさかよ」
「ひとつもない?」
「ないわ。いいこと、ロジャー。悪魔を自分だと信じ込ませた王女と結婚生活を送るつもりだったのよね?」
「そうだ。名案だろ?」
「どう考えても悪党の企みよ」
「それっ、似たようなこと悪魔もいってたな」
「何を? まさかもう悪魔に提案した後なの? 身代わりになってくれって?」
こっくりうなずくロジャーに、キャロルは頭を抱えたくなったが、手が片方捕獲されたままだったので、ただうなだれる。
「それで『ヤです、なんて提案するんですか、許せませんっ!』と悪魔は激怒、牙生やして火を噴いたぞ」
「悪魔さんがまともな人で良かったわ」
「悪魔さんは人じゃないぜ、キャロル」
「わかってるわよ。でもあなたより人の心があるわ」
「いいか、キャロル。あの悪魔は見た目がやけに華やかになってるが変身なんだ。何にだってなるんだぞ。何ならおれにだってなる」
「わたしにもなってたわ」
「そうわたしにもなって……は、君にも? ちょっ、おいおいおい」
ロジャーは突然、慌て出した。
「君に化けた? いつ? 今? お前、悪魔か、この野郎」
しぶとくつかんでいた手をパッと放す。
キャロルは自由になった手首をさすった。
「さっき少しおしゃべりしたのよ。その時、わたしの姿が気に入ったって褒めてくれたわ。でも変身されたら困るわ、って伝えたらやめてくれたけどね」
「じゃあ今は本物だな。ああびっくりした」
「びっくりしすぎよ。やましいことがあるからそうやって何でも疑り深くなるんだわ。あの悪魔さんは良い人よ、騙して面白がる人とは違うわね」
「キャロル、悪魔は人じゃ」
「ないんでしょ、しつこい人ね。何が面白いんだか。ねえ、良いこと、ロジャー」
キャロルは指を突き付けた。
「なぜ王女に嘘をつくの、騙して平気なの。真っ当な結婚生活をどうして送ろうとしないの」
「その答えは簡単だ」
「何を偉そうに開き直ってるわけ?」
「あの王女、おれを付け回してくるし、うるさいし、騒がしくて、ものっすごく疲れるんだよ。なのに悪魔は、そんな身代わり案、飲めないっていうし。これで結婚してみろ、地獄だ」
はあーあ、と嘆くロジャー。
でもキャロルは、ちっとも同情できなかった。
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