公爵夫人は俺様な夫を捨てたい~冷遇七年、今さら溺愛したって無駄ですから!~

竹神チエ

第一幕 離婚話は突然に……。

第1話 事の発端

 公爵夫人ダッチェスの称号を持つキャロル・ウィンウッドは、昼下がりのティータイムを過ごしていた。


 場所は、バラをメインに据えたフロントガーデンである。キャロル自らが植栽にもこだわり、剪定バサミや移植ゴテを装備し、庭師に混ざり作り上げたものだ。


 特に見頃を迎えた今、一昨年植えたオールドローズが圧巻だった。レンガ塀に這わせた枝には、ピンクの花が幾輪もたわわに咲き誇り、その甘い香りは裏庭にまで届いて、厨房に出入りする配達人の口にも上るほどだ。


 株元のキャットミントは水色の小花の群生となって伸び、バラと相性抜群。夢のような景観を作り出している。


 その優美で甘い光景は、結婚前の大公女時代、『砂糖菓子のようなお姫様』と呼ばれていたキャロルの容姿と似ていた。


 彼女は甘やかなピンク色の髪の持ち主で、長いまつ毛に縁どられた瞳は、澄んだ水色なのだ。


 大公女の頃、キャロルの陶磁器のような滑らかな白い頬はいつもほんのり色づき、好奇心に満ちた目は朝日を浴びた水滴のように輝いていた。


 けれども公爵夫人となって七年。

 二十八歳になったキャロルの目は虚ろである。


 丹精込めた庭の素晴らしい景観でさえも、その輝きを灯してはくれなかった。キャロルはカップに入った紅茶に軽く口をつけては、力ない表情で見るともなく庭を眺めているばかりだ。


 悲しいことに、それは数年来の見慣れた光景でもあった。


 庭仕事に熱中するキャロルだが、本音は成果が表れる花の季節を待ち望むよりも、ただ忙しく汗を流していたいだけなのかもしれない。めっきり笑顔が少なくなった主人に、大公女の頃より仕えている侍女サラも、話しかけるのをためらってしまう。


 ガーデンテーブルの向かいは空席だ。そこに座るはずの相手は、今後も現れることはないだろう。


 ならいっそ片付けてしまえばいいのだが、キャロルの虚ろな瞳は、何も映っていないようでいて、向かいの席に座る公爵を待ちわびているようでもあった。それまたいっそう、キャロルのつらい境遇を顕著にする。


 周囲が素晴らしい景観なだけに、彼女の孤独が痛々しかった。

 と、そこへ。


「キャロル様!」


 珍しく息を乱しながら参じたのはウィンウッド公爵家の家令スミスだ。落雷によるボヤ騒ぎでも冷静沈着だった初老の男が、血相を変えて銀盆を差し出す。そこには手紙が一通、乗っていた。


「皇室からの親書でございます」


 手紙を手に取ったキャロルは、その封に押された白鳥を象る蝋印を見てわずかに目を見開く。


「皇后様からだわ。ティーパーティーでも開くのかしら」


 でもパーティーの招待だとしても親書で届くのは不自然だ。いくらキャロルが帝国でも上位の公爵夫人とはいえ、皇后と親しく手紙を交わすほどの仲ではない。


 最後にお目にかかったのも五年ほど前である。キャロルはあまり、いや、ここ数年は全く社交の場に顔を出していないのだ。


 キャロルは嫌な予感がした。それでも封を開け、手紙に目を通す。すると、みるみる彼女の陰鬱だった表情が明るくなった。


「まあ、とんでもない提案だわ」


 キャロルは少女のようにくすくす笑った。主人の笑顔に驚く侍女に、キャロルは彼女にも手紙を読むよう勧める。


「もしかしたら、わたしの読み間違いかしら。サラ、あなたも確認してみて」


 侍女は、おっかなびっくり手紙に触れ、数行、目を通した。そして立ち眩みでも起こしたように数歩動く。慌てて彼女の肩を支えた家令のスミスだったが、横から手紙を見、同じようにぐらぐらしていた。


「これが実現するなら、わたしの未来はバラ色ね!」


 手を胸の前で合わせるキャロルは満面の笑みだ。ふと初めてそれに気づいたようにケーキスタンドからサンドイッチを手にし、ぱくつく。


「おいしい。とっても幸せよ」


 一方。


「そんな」

「なんてことだ」


 うめく侍女と家令。

 ざっくりいうと、手紙には、こうあった。


『ウィンウッド公爵は和平条約締結のため、対戦国の王女と再婚する。なので公爵夫人は離婚して、さっさと実家のルビィ大公国にお帰りください!』

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