第47話 嫉妬が燻るキャロル
トレス侯爵が、皇太子を拉致……じゃなくて迎えに行っている最中。
ダニエルと悪魔ケスティは、計画を練っていた。ズバリ、『王女コーデリアに新しい恋の予感!?~クズ公爵はやめてキラキラな皇太子と結婚します!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°』作戦である。
「まずお聞きしないといけないのがですね」
そう問うのは、美形の護衛官姿の悪魔である。あごに手を当て真剣だ。
「ソル帝国の皇太子ってどのような方なんです? ウィンウッド公爵と大差ないクズだったら許しませんよ。年齢は?容姿は?性格は? 財力はどんな具合なんでしょ」
ちゃりーん、と指先を丸めて問いただしてくる悪魔に、ダニエルは自信満々に答える。
「よくぞ聞いてくださいました。我が国の皇太子アンリ殿下は、年齢は二十一歳、金髪に碧眼の容姿端麗で、幼少期から何事にも粘り強く真面目に取り組み、思慮深く温厚な性格。もちろん、ソル帝国の皇太子ですから財力で閣下に劣ることはありません。身分は上、次期皇帝はアンリ殿下で決定、他のきょうだいとも仲が良く、後継者争いの心配もありません」
ほうほう、と満足の様子の悪魔。だがまだ追及は止まらない。
「殿下のお母上は? 嫁いびりなんてしませんよねぇ」
「もっちろんです」胸を叩いて請け合うダニエル。
「皇后陛下が実母であります。皇后はまさに国母。人格者として有名、お優しく慈善活動にも熱心。皇太子殿下の婚約者に対しての接し方を見るに、嫁いびりの心配はないでしょうね」
「ちょい待ち」
すっ、と片手でストップをかける悪魔。
「今、婚約者といいましたか。おいこら、皇太子には婚約者がいるのですか!」
綺麗な口角の端から、にゅっと牙が伸び出た悪魔に、ダニエルは「問題ありません」と強気に返す。
「成人後になんとなく選んだ婚約者なんです。二人のあいだに恋愛感情は一切ございません」
「そういう問題ですか。ダメでしょ、婚約者いるのによぅ」
「いいんです、大丈夫です、そこんところは敵国同士に芽生えた世紀の大恋愛、戦争はわたしたちの愛で止める、という見出しまで考えているので大丈夫です」
「見出しって何です」
「ニュースペーパーですよ、ばっちりです。世論は味方。わたし、少々ツテがありまして。チェ・バンブーという記者と仲が良いのです。ですから、そっち方面はお任せあれ」
「……」
絶句している悪魔に、ダニエルは「問題ありません」と熱心だ。
「それとも閣下を選ぶつもりですか。結婚前から悪魔様に身代わりを頼むような偽装結婚臭がプンプンするウェディングに、大切な王女様をぶち込むと? 絶対やめたほうがいいです、閣下はお勧めしません、あれは女性を不幸にする男です、どう考えても皇太子殿下で決まりですよ、あの方は女性を幸せにする星のもとに生まれた真の王です、大丈夫です、だいじょーぶ!!」
まばたきひとつせず力説だ。
「ハア、死神公爵から婚約者のいる男に乗り換えろって。まあったく」
頭を抱えた悪魔は、「でもなー、でもなー」とブツブツ。
「めでたいことにその設定、王女は食いつきそうです。世紀の大恋愛、周囲が決めた婚約者より自ら選んだ相手とゴールイン。グッ、です、グッ!」
指を上げる。
「婚約者がいるのに、敵国の王女と恋に落ちた皇太子なんてバッチリですね、コーデリア王女はそういうの大好物です。これは運命的な出会いを演出しないといけませんよ。こっちが本物の恋だと王女に信じさせなくちゃね」
そうでしょそうでしょ。ダニエルは万歳だ。悪魔とひたいを寄せて計画を練る。
なんてやっている、その頃。
キャロルは、もう二度と来ることはないだろうな、との思いから、リンゴの街を散策していた。いくつか露店でブローチなどの小物類を購入したが、あまり楽しい気分にはならなかった。侍女のサラも一緒だったが、会話はまったく弾まず、何しに出てきたのかわからなくなる。
せっかくだからと、以前ロジャーと出かけた時に見つけた屋台で串焼きの肉を今度こそ食べてみたが、硬くて苦くて、一口食べて買ったことを後悔してしまった。美味しそうだと思った記憶だけ取っておけば良かったのに余計なことをして、ますます気持ちが下がる。
楽しい思い出がだいなしに、と心内に浮かんだキャロルは、そんな思いを急いで振り払った。
ロジャーとのデートが楽しかった?
まさか。そうじゃない。
始めて行った場所が新鮮で、何事も物珍しかっただけ。
だから今こうして二度目に歩いてみれば、あの時のように浮き立つ気持ちが湧いてこないのだ。ロジャーなんかの不在は関係ない。何を考えてるんでしょう。
キャロルは自分に腹が立って、目元が熱くなってきた。
「キャロル様、どうなさいました?」
「何でもないわ」キャロルは目をこすると、微笑んだ。
「疲れたみたい、もう帰りましょう」
サラは心配げな表情をしたが何も言わず、市場を途中で引き返すキャロルに静かに従う。でも領主公邸が見えてくると、横に追いつき、声をひそめていった。
「コーデリア王女殿下は少し、その、図々しい方ですよね?」
キャロルは足を止めて、サラを見つめる。気まずくなったのか、サラは視線をそらした。
「あら、陰口?」
くすっと笑うと、サラは反省するように肩をすくめた。
「そうじゃありませんけど。でも朝食の席でのあの態度ったら。あり得ませんよ。いくら閣下とキャロル様が離婚届にサインしたからって昨日の今日ですよ? もう少し気を遣うものじゃありません? 王女様のご身分でもアレは失礼ですよ」
まあ確かに。ロジャーの婚約者とはいえ、キャロルの存在を無視するような振る舞いは侮辱に感じてもおかしくない。コーデリア王女の態度は、キャロルの神経を逆なでするには十分だった。
けれどもキャロルはこの離婚を望んでいたのだし、再婚相手のコーデリア王女が結婚に前向きなのは良いことなのだ。頭ではしっかりそう納得している。
この状況に安心すべきなのだ。コーデリア王女が第二のキャロルになって不幸な日々を過ごすようなら不憫だし、彼女にすべて押し付けて自分だけ自由になる離婚なら後味も悪い。
だから少々コーデリア王女の態度が鼻につくとしても、まだ十代の若いお姫様がしていることだと、軽く受け流せばいい。キャロルにとっては何もかも願った通りの展開を迎えたのだから。
それなのに心の奥がうずく。じくじくする。
認めたくはないが、きっとこの感情は嫉妬なのだろう。
今朝見た光景。笑い声が弾ける朝食の席。
キャロルはあんな風にロジャーと過ごしたことはない。そんな時間は自分たちには訪れなかった。
結婚式の準備だって相談し合ったこともなければ、大公国から帝国に嫁いだキャロルだ、当日まで何も知らずドレスのあれこれにすら関わることはなかった。そうして迎えた結婚式は、すべて帝国のしきたりに則ったもので、キャロルには馴染みない点も多くて戸惑った。さらに、そこにいたのは、ロジャーではなく代理の花婿ダニエルだ。新婚旅行? そんなもの口の端にすら上らない、ロジャーと会ったのは結婚してから数か月後だった。
「わたし、きっと王女様がうらやましいのね」
ポツリ、とこぼした言葉は、サラの耳に届いたようだが、侍女は問い返してくるようなことはしなかった。二人は再び歩を進め、領主公邸に入る。ノウゼンカズラの花が通路に落ちていた。形を崩さないままの花は、よく見れば花弁の端だけ、濃くにじんだように傷んでいる。
キャロルはロジャーに望んでいた。新しい結婚では妻を大切にしてほしい、と。王女を孤独の中に置かないで欲しい。彼はそれを叶えようとしている、そんな風に見えた。自分の時とは違う。そこに嫉妬していてはだめだ。
きっと。ロジャーは最初の結婚が早すぎたのだ。
今度はうまくいくだろう、そうあってもらいたい。
「サラ」
玄関ホールの階段をあがる途中、キャロルは声をかけた。
「はい、キャロル様」
「明日の朝まで待つ必要はないわ、今日中に出発しましょう」
サラは驚いたように目をわずかに開いたが、「承知しました」と笑顔を返す。キャロルも同じように笑顔を向け、はっ、と気づく。
「そうだわ、ジェイが来てるんじゃない、うっかりしてた」
「侯爵様ですか?」
「そうよ、彼がいるなら、何日もかけて馬車で帰る必要ないのよ、一瞬なんだから」
サラも忘れていたのか、「ああっ」と声をあげて納得する。二人とも急に離婚が決まり、バタバタしていて失念していたのだ。
「ゲートを開いてもらえばいいのですね」
「ええ、ジェイに頼んで公爵城まで送ってもらいましょう」
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