第2話 発掘現場へ

 東京から車で数時間ほど走ると大自然に囲まれた村に辿り着いた。

 そこは、人口が百人に満たないであろう集落然とした小さな村だった。今回の発掘調査現場はこの先をしばらく歩いて森を抜けたところにあると説明された。

 だったら発掘現場までそのまま車で行ってほしかったのだが、ここら辺は地盤がゆるく、半年ほど前に落石事故が起きて以来、車道は通行止めになってしまったらしい。そのため、優作と依夜、そして栄次郎含め発掘調査団の面々は村から三十分ほど山道を、暑苦しい完全装備に加えて、様々な発掘道具を持ってひたすら歩いた。

 発掘調査団の面々は優作や依夜とは別口で募集されたアルバイトや、大学で考古学の教授である栄次郎のゼミ生や助手等がいた。何人か見覚えがあるのはおそらく前回の発掘アルバイトで顔を合わせたことのある人が混じっているからだろう。


「用事って、おじさんのお手伝いだったんだね」


 依夜が何やら安心したように話しかけてくる。


「ああ、遺跡の発掘。前にも話したことあったよな」

「うん、聞いた。ゆうくん歴史好きだし、こういうのも好きなの?」

「いや、発掘は別に好きじゃない。やってみればわかるけど、地味な作業ばかりで疲れる」

「そうなんだ。……わたしでも、できるかな?」

「ちょっとコツを掴めば、簡単な作業は小学生でもできそうだし、まあ、依夜でもできるだろ」

「小学生と並べて言われると、ちょっと傷つくんだけど」


 依夜が不満気な視線を向けてくる。


「まあ、わかんなかったら俺が教えるよ」

「ほんと? じゃあ、大丈夫かな」


 依夜は安心したように笑みを浮かべ、優作の後を付いていく。

 しばらく進んでいると、栄次郎の傍を歩いていた中年の男性が振り返って、話しかけてきた。


「やあ優作君、久しぶり。また手伝いに来てくれたんだね。そちらは?」


 そう言って話しかけてきたのは、栄次郎の助手で准教授の浜野はまのだった。


「お久しぶりです浜野さん。こっちは幼馴染の依夜です」

「鷹野依夜です」依夜は浜野の方を向いて頭を下げる。それにつられて浜野も頭を下げた。

「僕は浜野庄司しょうじといいます。優作君のお父さんの助手をやっています。よろしくね、鷹野さん」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 依夜の礼儀正しい挨拶に感心したように浜野は頷いた。そしていきなり「優作君、いい子じゃないか。君の彼女さんは」などと口にした。


「ちょ、ちょっと待ってください。違いますよ!」


 優作は慌てて否定する。


「こいつとはただの幼馴染で……」

「そうなのかい。僕はお似合いだと思うけどなぁ」


 浜野はニヤニヤしながら優作たちを眺めていた。


(俺と依夜がお似合い……いやいやいや、絶対違う。依夜は何というか年の近い妹のような感覚だし、そういう感じじゃない。それに俺の好みは年上の落ち着いた女性だ。というか依夜だって別に俺とはそういう関係を望んでいるわけじゃないだろう)


 そう思い、優作は再度浜野に否定の言葉を述べた。


 傍らにいた依夜はというと、両手で赤くなった頬を抑えながら「ゆうくんと、お似合い……」などと呟いていたのだが、優作は否定の言葉に必死でそんな依夜の様子には全く気がつかなかった。


「そ、そんなことより、今回はどんな遺跡なんですか?」


 優作は話を変えるために、やや強引に今回発掘する遺跡についての話題を振った。


「おや、笹木教授から聞いてないのかい? 今回のは、事前調査段階では弥生時代後期から古墳時代にかけての集落跡だと思われているよ」

「思われているってことは、まだ確定ではないんですか?」

「まあ、そこのところは実際に掘り出してみないとわからないからね」


 大体の年代の推定は事前調査の段階で予想できるが、掘り起こしてみるまで確実な判断はできない。むしろそれをはっきりさせるための発掘調査であるといえる。もっとも発掘してみても年代を特定しづらい場合も大いにあり得るが。


「あ、足元は気を付けてね」浜野が思い出したようにそう言った。

「ここら辺は足場が悪いんですか?」


 優作は足元に視線をやる。ほとんど平坦な砂地の道にはあまり凹凸は見られない。特に危険な道のりには思えず優作は首をかしげる。


「いや、そうじゃなくて」浜野は首を振る。「ここら辺は地域特有の蛇が出るらしいんだよね」

「蛇、ですか」

「うん、それも毒蛇」

「うげ、最悪」


 栄次郎はそんなことは特に言っていなかった。それどころか森に入る前に栄次郎は割と人が通る道だし、そうそう危険はないと言っていた。

 いや、普通に危険あるんですけど。


「一応血清は事前に準備しているから死にはしないけど、噛まれちゃったら痛いからね。注意して」

「はい、気を付けます」


 優作が傍を歩く栄次郎の方に視線をやると、苦笑にがわらいをしながら、うしろ頭をかいていた。それは大事なことを言い忘れていた時に栄次郎がする仕草だった。もう何度も見ているので見慣れている。この先、再び見るような機会がないことを切に願う。


 一行は森の中をひたすら歩いて一時間と少しで、目当ての発掘現場にたどり着くことができた。その頃にはもう汗でシャツは張り付き、真夏の日差しと相まって、不快指数が跳ね上がっていた。

 とりあえずシャワーを浴びたい。優作はそう思った。しかし、現場につくとすぐに荷物の仕分けや、今日から加わった人数が泊まれる分のテントの設置など、休まる暇はなかった。

 ようやくすべての作業が終わったのは夕暮れ時で、その日は簡易プレハブで交代でシャワーを浴びて休む流れになる。優作は男性用のテントへ、依夜は女性用のテントへと別れていく。どうやら発掘作業は翌日から始めるようだった。

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