第19話 友里根は女の子だった……

 実戦形式での特訓を続けていると、不意に友里根ゆりねが手を止めるように言ってきた。 

 

「どうしたんだ? まだ時間はあるし、もう少しやっときたいんだが」

「安心して、まだやめるつもりはないわ。でもその前に……」


 友里根は自分の木剣を地面に突き立てると、優作の方へと近づいてきた。


「な、何だよ?」

「そのままじっとしてて」


 優作の傍らに近寄ってきた友里根は、すぐその横に立つと、木剣を構えたままの優作の手に自分の手を重ねてきた。そして、友里根の小ぶりな手が触れた優作の手の甲には、ほんのりとした温もりが伝わってくる。


(友里根の手って結構あったかいんだな。それになんだか柔らかい)


 剣を振り回していても、やっぱりそこらへんは女の子なんだなと、特訓とは全く関係ないことを考える優作。


「あんたのコレ、ちょっと握り方がよくないのよね……」


 そう言って友里根は優作の手を上から、引き絞るようにして握り絞めてきた。その力加減は強すぎることなく、まさしく女の子のそれだった。そして、密着しているがゆえに友里根の柔らかい女の子な部分が優作の二の腕に押し付けられる形となり、そこから伝わる感触によって、優作の頭の中はいっぱいいっぱいになっていた。

 しかし、真剣に優作の指導をしている友里根本人は、そのことには気づいていない様子。


(……女の子の女の子な部分って、こんなに柔らかいのかっ……! ……てか、まてよ。この時代にはブラなんてもんはないよな……⁉ ということは、このやわやわな感触はまさしく、薄布一枚隔てただけで正真正銘、本物の……)


 などと、優作は剣の特訓中だということも忘れて、そんな頭の悪いことを考えていた。


「こんな感じで、上から被せるように持てば……って、どうしたのよ?」


 友里根は固まったまま何も反応を返さない優作を不審げに見上げる。

 顔が近い。今までは意識していなかったが、友里根も女の子なのだ。しかも怒っていなければ、可愛らしい顔立ちをしている。ちょっと生意気そうなところも、年頃の女の子らしいと言えばらしい。優作は完全に油断していた。


「いや、ちょっと予想外で……」

「何がよ?」

「おまえも、一応は女の子なんだなぁって」

「はあ? 何を言って……」


 そんな優作の間の抜けた発言に一瞬怪訝な表情をした友里根だったが、すぐに自分自身の女の子な部分に視線が行き、それが優作の二の腕に押し付けられているという状況を理解した。途端に友里根は女の子らしく短い悲鳴を上げ、優作からバッと離れて距離を取る――ということはもちろん無く、即座に無言で優作のことを突き飛ばした。

 優作は受け身も取れずに派手に尻餅をつく。


「あ、あんた……そういうことは、すぐに言いなさいよ!」

「いや、だって……」


 たとえすぐに指摘したとしても、やはり突き飛ばされていたのではなかろうかと優作は思った。いずれにしろ結果が変わっていたとは思えない。


「というか、一応はって何? 今まであんたはあたしのことをなんだと思っていたのよ」


 不機嫌そうな表情で友里根は優作を問い詰めた。


「えーと、正直今までは、性別は意識の外にあった」

「……何よそれ。あたしって、そんなに女の子らしくなかったの?」


 友里根は少し悲しげな顔をして、視線を落とした。剣術にしか興味のなさそうな生意気少女がそんな顔をするのは意外だった。優作はてっきり、友里根は戦士に性別なんて関係ないとか言う様なタイプだと思っていたのだが……、実は意外と女の子らしいところもあったりするのだろうか。


「まあ、最初のうちはな。いきなり刃物突き付けられて睨まれたりもしたし。でも今は違うかな。おまえは普通に女の子だなって、そう思う」

「そ、そう……」


 友里根は少し照れくさそうに顔を背けた。心なしか普段の生意気そうな顔が緩んで、ほんのりと赤く染まっているように見える。


(何その反応。普通に女の子じゃん)


 何故か今日の友里根は、いつもと比べて女の子成分がだいぶ強めな様に感じた。

 優作はそんな友里根の様子に少し驚きながらも、気を取り直して木剣を構える。


「さあ、続きをやろうぜ。おまえも早く木剣を構えてくれよ」


 すると友里根は木剣を取りに行く前に、まだ何か言いたげな視線を向けてきた。


「どうした?」

「……あのさ。あたしのことは友里根って呼んでくれない? あたしもあんたのことを、これからはユウサクって呼ぶから。……ダメ?」

「いや、別にいいけど」


 一体どういう風の吹き回しだろう。

 最初の頃は優作のことをさんざん敵視してきていた友里根が今は歩み寄ろうとしてきているように感じられる。距離が縮まるのはいいことだし、向こうが歩み寄ってきてくれるのなら、それはいいことに違いない。この時代にはまだ頼れる相手がいないから、優作としてもこのまま仲良くなれたらいいなと思った。友里根は意外と女の子らしいところもあって、可愛いという事にも気づいてしまったし。むしろ望むところだった。


 そして二人は特訓を再開した。


 相変わらず、優作の攻撃はすべて友里根に捌かれてしまうが、その都度、どうしたら攻撃が上手くなるのかを友里根が教え、優作は学び、次にかすことで、徐々に剣を振るう姿が様になってきていた。


「初日にしては上出来ね」

「友里根の教え方が上手いからだな」

「……褒めても何も出ないわよ」

「それは、残念」


 剣の特訓をする中で優作は、剣術の腕前が上達しただけでなく、友里根との関係も軽口を交わせるくらいの仲にまで、距離感が縮まっていた。

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