第20話 友里根が強さを求める理由
「ねえ、ユウサク。次はあたしに弓を教えて」
ある程度、剣を振るコツを掴んできた優作を見て、
「そうだな。そろそろ弓の特訓に移るか。ありがとな」
「いいのよ。こっちも弓を教えてもらうから。お互い様よ」
道具を木剣から弓に持ち替えて特訓を始める。
「初めに言っておくけど、あたし、弓は苦手だから。それに、まともに訓練もしたことないわ」
「そういえば、他の団員とも仲良くないから教えてもらったりもしてなかったんだっけ?」
「まあ、前はそう言ったけど、実は理由はそれだけでもないのよね」
友里根は言いにくそうに言葉を区切った。
「あたしは
「……自慢?」
「違うわよ。そんなあたしが、そこら辺の護衛団の人に弓の教えを乞うなんて真似をしたら、小刀氏族の面目を潰すことになっちゃうじゃない。しかも、弓が上手い護衛団の人たちはたいてい
なるほど、と優作は友里根が抱えている事情をなんとなく理解した。氏族内で最強の存在が、他氏族の一般兵(とはいっても、弓の達人だが)に弓を教わるのは確かにばつが悪いかもしれないと、感覚的にそう思った。
「あたしが教えを乞うても問題ないような対等な存在はククルカ様しかいないわけだけど、あの人は天才過ぎて、さすがについていけないわ」
「それで、氏族的なしがらみがなく、ククルカさんよりも腕は劣る俺に、白羽の矢が立ったわけか」
「そういうことよ。まあ、あたしからすれば、あんたの弓の腕も大したものなんだけどね」
剣の腕では並ぶ者のいない友里根に弓の腕前を称賛され、少し気分を良くする優作。
「じゃあ早速始めるか。とりあえず、友里根の今の腕前を見せてくれないか?」
「わかった」
友里根は弓を手にして矢を放ってみる。三射中二射を外し、なんとか一射だけは的に当たったが、かなりぎりぎりといった感じだった。どうやら友里根が、弓が苦手というのは本当らしかった。
「うまくいかない……」
構えていた弓を下ろすと、友里根は悔しそうな表情で優作に助言を求めてきた。
「ねぇ、今のはどこら辺が駄目だった?」
優作は友里根の弓矢を扱う様子をみて、一つ、どうしても気になる点があった。
「……もしかして、ククルカさんの真似をして、矢を放っていないか?」
「え? ま、まあ、あたしもククルカ様みたいに弓矢を扱えたらと思って、参考にしてるけど」
どうやら友里根は優作の思ったとおり、あろうことか弓矢の天才の真似をしていた。素人が天才にあこがれるのはわかるが、形だけ真似ようとしても土台が違うため、それは、かえって逆効果になりかねない。
「ククルカさんの真似はやめとけ」
「え……? どうしてよ」
「天才が、その天性の才能を持ってたどり着いた技の完成形は、そもそも天才であるからこそ扱える技であることがほとんどだからな。真似ようとしても凡人に再現なんてできやしない。剣でも同じことが言えないか?」
「……たしかに。あたしの本気の剣技は、多分あたしにしか、扱えない」
「そういうことだ」
「なかなか、まっとうなことを言うのね。少し見直したわ」
「ま、まあな」
実のところは、優作も中学の時に天才といわれているプロの射法にあこがれて、練習中にカッコつけて真似をしたら、顧問の先生に同じように注意されたという経験があっただけのことである。
「でも、じゃあ、あたしはどうやって弓の練習をしたらいいの?」
「そこは任せとけ。俺が中学の時に強豪校で培った練習法で、ばっちり指導してやるから」
「な、なんかよくわからないけど、すごそうね……。弓に関しては、ユウサクに任せるわ」
そこから優作は、友里根に弓の基礎からみっちり叩き込んでいく。この時代ではどうやって弓の練習をするのか知らないが、現代日本における弓道の強豪校が確立した、最新のスポーツ科学に基づく練習法は間違いなくこの時代では破格の手法に違いない。これはある意味チートのようなものではないかと優作は思う。
そして、みっちり練習すること小一時間。これまで
「すごい……。あたしの放った矢が、ちゃんと的に当たってる」
まだまだ、中心を連続で射貫けるほどの腕はないが、それでも友里根の矢はしっかりと的に当たるようになっていた。
友里根はそのあともしばらく、学んだ基礎を身体に染み込ませるように、何度も射の練習をしていた。そんな様子を近くで見守っていると、友里根が不意に声をかけてきた。
「ユウサク」友里根が弓の構えを解いて振り返る。「その……いろいろ教えてくれて、ありがと」
ぎこちない笑みを浮かべ、少し照れたように頬を掻く。普段は見せない、そんな女の子らしい仕草がどこか可愛らしくて、見ている優作の方まで照れてしまう。今までで一番可愛らしい友里根を見ることができただけでも、早起きした甲斐があったというものだろう。
「これで、また強くなることができたわ」
友里根は嬉しそうに拳を握りしめた。
そういえば友里根はどうしてそんなにも強くなろうとしているのだろうか。気になったので訊いてみることにした。
「なあ友里根。なんでそんなに強くなろうとしているんだ?」
「……まあ、ユウサクになら話してもいっか」
友里根は真剣な顔つきになると
「あたしにはとても尊敬できる父がいたの」
「……いた? ってことは」
「もう死んでしまったわ。二年前の内乱の時に、王と民を守るために戦って……」
「そうか……」
友里根は一瞬悲しげな顔をしたが、すぐに首を振って言葉を続ける。
「父は、とても立派だったわ。この国と民を守ろうと、強い志を持って最期の瞬間まで剣を振るい続けていた。だからあたしもそうありたいと思ったの。……この国と民を守れるだけの強さを手に入れて、父の志を継いで、父のようにこの国を守れるような存在になりたいの」
友里根は、自らの拳を握りしめた。この手で、国と民を守るために剣を振るえたらと、強い意志の込められた声で、友里根はそう言った。
「そうだったのか」
普段、生意気そうだと感じていた意志の強そうな友里根の瞳も、その強い想いの表れだったのかもしれない。優作とほとんど年も変わらない女の子が、これだけしっかりとした想いを秘めて生きていることに、素直に感嘆の声が漏れた。
「友里根は、すごいな」
「そう、かしら。ユウサクにだって何か守りたいものや、譲れない想いはあるんじゃないの?」
「守りたいもの……譲れない想いか」
強くなって、実現したいことならある。
「俺は、強くなって、
この世界で再会した依夜は、優作の知っている依夜とは別人のようだった。いったい何を考えているのかが、全くわからない。優作がこの世界にやって来る前にいったい何があったというのか。いったい何が依夜のことを今みたいに変えてしまったのかを知りたいと思う。そして、一緒に元の時代に帰る方法を探す。それが優作のやるべきことだ。
「なら、お互いその想いを果たすために頑張らなくっちゃね」
「そうだな。明日以降も一緒に特訓するか?」
「当然! もっとユウサクに弓のことを教えてもらいたいし、ユウサクの剣だってまだまだこれからだからね。ひととおりモノになるまではあたしが面倒を見てあげるわ」
「そうか。助かる」
これからも早朝の特訓を行う約束をして、友里根とは訓練場で別れた。どうやら友里根はここからさらに朝の日課である鍛錬を行うようだが、武術の訓練に慣れていない優作は疲れを感じていたので、宿に帰り一息つくことにする。そう思って歩いていると、訓練場を出たところで、依夜が腕組みをしながら優作のことを待ち受けていた。
「……どういうつもりだ?」
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