第4章 決意

第18話 友里根(鍛錬ガチ勢)との特訓

 早朝。優作が寝泊まりしている護衛団用の宿舎に友里根ゆりねがやってきた。


「ほら、起きて。行くわよ」

「いや、おまえ……さすがに早すぎるだろう」


 友里根によって開けられた戸口から覗く外の様子は、未だ薄っすらと青白く、辺りは夜明け前の様相をていしていた。当然優作の周りでは他の団員たちが気持ちよさそうに眠っている。


「せめて日が昇るまで寝させてくれ」

「駄目よ。日が昇ったら、あたしは自分の日課の方で剣術の鍛錬をするから時間がないの」


 優作は友里根の言葉に驚きの表情を浮かべた。


(こいつ、俺と剣や弓の特訓をした後に、また一人で剣術の鍛錬とかするのか? この年頃の女の子って、もっと他にやることがあるんじゃないか? なんで戦闘力を上げるのにそんなに必死なんだよ……)


 優作はやむを得ず、周りの団員達を起こさないように支度をすると、宿舎の外へ出る。当然こんな時間に外を出歩いている人はおらず、辺りは静寂に包まれていた。


 訓練場にたどり着くも、当然ながら、日の出さえ待ちきれずに鍛錬に励む者の姿はない。

 準備運動もそこそこに、友里根は訓練場に置いてある木剣を手に取って、優作の方へと放ってきた。


「まずはあたしが剣を教えるわ」

「これでどうするんだ?」

「そうね。とりあえず昨日みたいにかかってきて。今日は基本的には受けるだけで反撃はしないから」

「わかった」


 優作は木剣を構える。先日、友里根と手合わせしたときに言われたアドバイスを思い出して、自然体に近い力具合で、切っ先を友里根の首ぐらいの高さに定めた。


「前回よりはいい感じじゃない。――じゃあ、始めるわよ」


 友里根も木剣を構えて、優作の打ち込みに備える。

 今回は反撃しないと宣言されたので、優作は幾分か大胆に攻めてみることにした。上段に振りかぶり、友里根に向かって一撃を打ち込む。それを友里根は躱したり、いなしたりすることもなく、受け止めた。


「ん……力は、ある方ね」

「まあ、これでも一応男だからな」

「でも、戦いの中でそんな大振りは危険よ。それに――」


 友里根がスッと力を抜くと、拮抗していた力のバランスが崩れ、優作はあっさりと体勢を崩されてしまう。


「今、あんたは力でそのまま押し切ろうとしてたでしょ」

「そうだけど、ダメだったか?」

「それが絶対にダメってわけじゃないけど、今のは、ダメだったわね」

「……剣術初心者の俺にもわかるように、ご指導いただいてもいいか?」

「そうね……まず、剣を持って相手と戦う時には常に意識しないといけないことがあるわ。それは自分の手筋を相手に読ませず、相手の手筋を読むことよ」

「つまり、今の俺は力で押し込もうとしているのが丸分かりだったから、ダメってことか?」

「そういうこと。あんたくらいの実力だったら、今みたいに剣同士の押し合いになった時は、無理に力押しせず、相手の力を常に感じながら均衡を保ちつつ、相手の出方を見た方がいいかもしれないわね。無理に攻めて手の内を読まれるくらいなら、防御に徹した方がマシだわ」

「なるほど」

「……ちゃんと、理解できてる?」

「うーん、まあ何となくは」

「じゃあ、もう一本いくわよ」


 友里根の言っていることは、一応理解できた。要は、自分の攻撃を相手に悟られなければいいのだろう。確かに先ほどの優作は、友里根に力で押し勝とうと、とにかく全力で力を込めるのみだった。しかし、それだと先ほどのように、友里根からすれば、こちらの意図が丸見えだったので、それに合わせて、好きなように捌くことが出来たというわけだ。


「なら……これなら、どうだ!」


 優作は先ほどの失敗から、斬りかかっても、場慣れした友里根にはあっさりと攻撃を読まれて防がれると思ったので、いきなり突きを放ってみた。


「へえ、まあまあな攻撃ね」


 優作の意表を突いた一手に、友里根は多少の感心を示したものの、やすやすと躱されてしまった。そして、友里根は一瞬で肉薄してくると、木剣を優作の首筋に向けてくる。


「反撃はしてこないんじゃ……」

「別に当ててないでしょ。というか、あんた、今の攻撃はどういう意図をもって突きを選択したわけ?」

「まあその、意表を突こうと思って」

「ふーん。そのあとは?」

「え? そのあと?」

「まさか、その突きだけで勝負がつくと思ってたわけ?」

「え、いや、まあ……」


 優作の答えを聞いて、友里根はため息をつく。


「相手に隙もなく、万全の体勢なのに、突きでいきなり倒せるわけがないじゃない。突きはあくまで崩しのための一手でしょ。そのあとの二の手、三の手に繋げていって、相手を崩してから最後に決め手で勝負をかけないと」

「……なるほど」


 優作は今まで剣術なんてやったこともなく、友里根に教えてもらった剣での戦い方は初めて知るものばかりだった。剣の特訓というから、まずは素振りからといった感じを想像していた優作だったが、まるで違った。なんというか、実践に特化した教えは、やはり普段から戦いに身を置いている、この時代の人ならではなんだなと思った。


「なあ、俺はこれから、どんなふうに剣術の特訓をしていけば上達する?」

「あたしと実戦形式で特訓していれば、すぐに上達するわよ。ちゃんと必要なことは教えるし」

「そっか。じゃあ、これからも頼むな」

「もちろん、そのつもりよ。あんたが一人前になるまでは面倒を見るわ」


 優作は、友里根のことを少し誤解していたのかもしれない。初めて会ったときはあたりが強く、変に絡んできて面倒なやつだと思っていたが、こうして剣術の特訓をしているときは、必要なことはしっかりと教えてくれるし、面倒もちゃんと見てくれる。

 意外と、いいやつなのかもしれない。

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