第17話 各々の思惑

 会議場を出た先で、ムカル氏族の族長、ソイが隣を歩く小刀マキリ氏族の族長、友鹿ゆがに尋ねる。


友鹿ゆが殿、小刀氏族は此度の戦、兵を出すおつもりか?」


 すると、小刀氏族の族長、友鹿は首を振る。


「あの姫君の指揮下に兵をやるなど、冗談にしては笑えませんな」

「だが、戦は避けられないと言ったのは友鹿殿であろう」

「戦は避けられないでしょう。倭国連合やまとれんごうは我が国を支配することが最終目的でしょうが、降伏条件や伊奴国いなこくの状況を見ても、できるだけ国力を削いでから、服従させようとしてますからのう。何より、我が国と戦いたがっている」


 戦うことを望むなど、何て野蛮な国々だとソイは毒づく。


「なら、友鹿殿はどうするおつもりですか」

「兵は出さぬが、姫君が戦うことは止めない、といった感じですかな」

「それは一体、どういうことで? それでは我が国は間違いなく敗北すると思うが」

「敗北するでしょうな。それでいいのですよ」


 友鹿の言葉にソイは首を傾げる。


「儂には友鹿殿が何を言いたいのかわからぬ」

「姫君には国をひきいて戦って、負けていただく。姫君が死ねばこの国はすぐにでも滅亡するでしょう。ですがそれはあくまで国として、です。国という体裁を破壊した後であれば、倭国連合もある程度戦果に満足するでしょうから、その後で我々は氏族単位で降伏し、倭国連合の傘下に加わればいいというわけです」

「なるほど。国を捧げて、氏族民を救うというわけか」

「そういう事です。姫君には悪いですが、この紗月国と共に倭国連合の戦争欲求を満たすための生贄いけにえになっていただきましょう」

「それは名案だ。我が斧氏族も小刀氏族に倣うとしよう」


 ソイと友鹿はこの戦には兵を出さないことを内々に決めて、自らの氏族に与えられている宿へと帰っていった。


○○〇


 すべての氏族が会議場から出ていったのを確認すると依夜いよはため息を吐いた。


「やはり私では、各氏族をぎょしきることはできないのか」


 いざ倭国連合やまとれんごうと戦うことになっても、各氏族が兵を出してくれる気が全くしなかった。それは会議中の各氏族の代表者たちの態度からも察しが付く。やはりまだ依夜はこの国の代表であると他の氏族からは認められていないようだった。この二年間、必死になって、王族としての責務に全身全霊を賭してなお、まだ認めてもらえないことを悔しく思う。いまだ彼らには、ただの小娘だと思われているのだ。だから、戦争になろうとも、おそらく彼らは依夜に各氏族の兵を預けてくれはしないだろう。


「このままでは、この国は……」


 とてもではないが、紗月国には各氏族の助けも無しに倭国連合に太刀打ちできるほどの力はない。むしろすべての氏族が協力してくれても勝てる見込みは薄いと言える。

 そんな絶望的な状況にあっても、依夜に手を差し伸べてくれるものはいなかった。


「おや、依夜姫。まだ残っていたみたいですね?」


 そう言って会議場に入ってきたのは、先ほどの会議に毛皮ルシ氏族の代表代理として参加していた青年、宇良うらだった。


「宇良殿か。貴殿こそ、今更このようなところに何用だ?」


 依夜は会議の時とは違い、普段通りの言葉遣いで対応する。


「なに、依夜姫に提案がありましてね」

「提案?」

「ええ。私と婚姻関係になっていただけないかと」

「は……? 貴殿はいきなり何を言っているのだ?」

「私が依夜姫と結ばれれば、必然的に私がこの国の王になります。そうすれば毛皮氏族は全軍をこの戦に出しますし、男王が率いるとなれば、他の氏族も兵を出してくれるでしょう」

「だが、それは……」

「依夜姫と婚約予定だった弓矢クアイ氏族のアルドゥ殿も二年前に亡くなられました。ならば、別の者を婿に迎え、王権を安定させる必要があると思いますが?」

「それは、そうだが……今は時期的にも、そのようなことを考えている暇は――」

「このような時だからこそ、男王を立てて国の意思を統一し、外敵に挑むべきではありませんか?」

「しかし、貴殿は先ほど降伏を勧めていたではないか……」

「それは降伏が可能だと思っていたからです。しかし、話を聞く限り倭国連合やまとれんごうとの戦争は避けられない様子。なら、国を一つにまとめて、対抗するしか策はありません。私の考えは間違っていますか?」

「間違ってはいない。間違ってはいないが……」

「なら、私と婚姻関係を結び、新たな王を立てるべきです!」


 宇良の勢いに押されて依夜は思わず後ずさる。しかし、すぐに背中が壁に当たり、これ以上後ろに下がることはできなかった。


「それに……」


 宇良は依夜のすぐそばまで近づき手を伸ばす。その手が依夜の艶やかな黒髪に触れると、宇良は笑みを浮かべた。


「依夜姫のことを始めて見た時から思っていたんですよ。……いつか手に入れたいって」

「な、何を言って……うっ」


 迫りくる宇良から離れようとした依夜は、宇良に肩を押さえつけられて、壁に押し戻される。


「今、この状況で私を拒むことなんてできませんよね? 万が一拒むようでしたら、毛皮氏族は此度の戦には一兵も出しませんから」

「わ、私を脅すつもりか?」

「脅さずに済むことを願っていますよ? なにせあなたはこれから、私の伴侶となる女なんですから」


 宇良が顔を近づけてくる。

 依夜は考えた。このまま宇良のことを受け入れてしまえば、毛皮氏族や他の氏族から兵を得ることができるかもしれない。そうすれば、倭国連合にも対抗できるかもしれない。そして、今まで一人で背負わされてきた王族としての重責も、宇良が王になることで、幾分は軽くなるのではないか。そう思うと一瞬身を委ねてしまってもいいのではないかという気持ちになった。もう、自分を偽りながら、果たすべき使命に苦しみながら生きる必要もなくなる。地獄から解放される。ようやく、押し付けられた役目を終えることができる。

 しかし、目前に迫った宇良の顔を見ていると、不意に優作のことを思い出した。


(――ッ!? 私は……いったい何をやっているんだ!)


 唇が触れ合いそうになる寸前で、依夜は宇良のことを突き飛ばした。

 宇良は突き飛ばされた衝撃で地面に尻餅をつく。宇良は尻をさすりながら立ち上がると、自らを拒絶した依夜に対して睨み付けるような視線を向けた。


「……私を拒絶して、いいんですか?」

「私は、そんな脅しには屈しない」

「そうですか。後悔しても知りませんからね?」


 宇良は捨て台詞を吐いて、会議場から出ていった。

 誰も部屋にいなくなったのを確認すると、依夜は椅子に深く座り込んだ。今までの疲れがどっと押し寄せてきたらしく、身体が重く感じる。

 問題は何も解決しないまま、新たな問題まで増える始末。本当にどうすればいいのか、依夜にはもうお手上げ状態だった。


(私は、いったいどうすればいいんだ……)


 依夜はそのまま疲れと共に押し寄せてきた睡魔にあらがえず、椅子に腰かけたまま眠りに落ちていった。

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