第16話 五氏族会議
「五氏族の代表の皆様、本日はお集まりいただきお礼申し上げます。紗月国王代理として、
円卓を囲む五氏族の族長や代表たちに向けて依夜が頭を下げる。それに対して礼を返すものもいれば、仏頂面のままただ座っている者もいる。いまいち
「早速ですが、本日の議題としましては、先日
依夜が主題について述べるとすぐに、族長の一人が発言をする。無精ひげを生やした恰幅のいい中年の男で、五氏族の一角、
「降伏の条件についてはいかに」
「国内の完全武装解除と若者を奴隷として二百人ほど、倭国連合に引き渡すこと。降伏後に倭国連合から送られてくる執政官に政権を移譲すること。そして王族を倭国連合の都に送り、そこで倭国連合の者と婚姻させることです」
「何とむちゃくちゃな……我が紗月国を馬鹿にしているのか!」
斧氏族の族長が怒りをあらわにすると、それを受けて五氏族で一番多くの民を抱えており、兵力も充実した
「それだけこの
すでに白髪交じりの小刀氏族の族長は独自に調べていた情報から、倭国連合の脅威について口にした。その内容は五氏族の族長たちを恐れさせるには十分すぎる内容だった。
「都麻国といえば西方にある国で、過去に何度も、倭国連合の勢力拡大を阻んでいた大国だったはずだが、それをたったのひと月足らずで……」
記憶を呼び起こすように発言したのは
「降伏すべきではないですか」
「今の倭国連合は訊けば連戦連勝、まさに破竹の勢いで周辺国を平らげているそうじゃないですか。これに正面からぶつかるなんて、愚の骨頂です。民にも多くの危害が及ぶでしょう。そのようなことを我が氏族は許容できません」
「ならば、降伏条件を飲むべきと毛皮氏族は提案なさるのですか?」
毛皮氏族の青年、族長の息子である
「ええ、我が毛皮氏族は降伏勧告の受諾を提案します。そもそも、戦おうにも今この国には軍を
「それは……」
依夜は青年の言葉に対して口ごもる。本来であれば依夜の父であり紗月国の王である
「我が紗月国は戦える状況にありません。降伏すべきですね。それにある筋から聞き及んだ情報によると、長年我が国と対立してきた
毛皮氏族の青年、宇良は反論できずにいる依夜の様子を見て、降伏論をことさら強調する。さらに隣国が降伏を検討しているという情報によって、各氏族の代表たちが降伏論に傾きそうになってくる。
そこへ、急報を告げる伝令が入室許可を求めてきた。
「少し、失礼します」依夜は各氏族の代表たちに話の中断を求めて立ち上がる。
「……
「伊奴国に入り込んでいた者から急報です。……伊奴国と倭国連合の間で戦端が開かれました」
「なんだと? 伊奴国は倭国連合に対して、降伏を検討していると聞いたが……」
「それなのですが、どうにも降伏交渉は決裂したようでして――」
隣国の情勢が一変したらしいという情報を得た依夜は、この話の続きは五氏族会議の場で各氏族の代表も交えて聞いた方がよいのではないかと判断して、連絡係の蘆尾に会議の場で続きを話すように指示した。
蘆尾の報告は以下のようなモノだった。
伊奴国においては当初、主戦派が多勢を占めていたが、都麻国が敗戦した報を聞くや否や降伏派が勢いを盛り返し、厳しい降伏条件を飲んで、倭国連合に服従することを決めた。
すぐさま二百人の若者を奴隷として献上し、王族の一人を倭国連合の下へ送ったのだが、移送途中で奴隷たちが反乱を起こし、王族は殺害されてしまった。また、反乱を起こした奴隷たちは、倭国連合の兵によって、その場で皆殺しにされたという。そして、倭国連合は伊奴国が降伏条件を反故にしたとして伊奴国の国境付近の集落に攻め込んだ。
「これは……」
さすがにおかしいという事は依夜にもわかる。伊奴国の王族の移動中に、奴隷が道中で反乱を起こしたりするなんて、本当にあり得るのだろうか。王族には護衛がいたはずだし、奴隷たちは自由を奪われていたはずだ。もしかして、これは倭国連合が何かしたのではないかという疑念が、依夜の頭には浮かんでいた。
伊奴国側も降伏を拒否されて攻め込まれたとなれば戦わないわけにはいかず、とうとう先日、戦端が開かれるに至ったとのことだ。
「倭国連合はもしや、降伏を受諾するつもりがないのでは……」
依夜がそう口にすると、斧氏族の族長は怒りをあらわにしながら、口を開いた。
「奴らは無茶な降伏条件を提示して、拒否したら戦争をふっかけて、受諾したとしても自らの手で妨害して、結局戦争をふっかけようとしておるのだ!」
「これは先ほどの話とつながるのですがね……」
小刀氏族の族長が斧氏族の族長の発言を受けて、話し始める。
「倭国連合は近々、再び半島へ軍を派遣しようと考えているようで……今回の東征は半島への出兵を見越して、倭国連合にまつろわぬ辺境の国々を制圧して、後顧の憂いを絶つとともに、此度の征服戦争で新たに整備した騎馬兵の慣熟訓練を行っているのではと、儂は考えております」
倭国連合が半島において騎馬大国の
「ではやはり……」
「どのみち戦いは避けられないでしょうな」
小刀氏族の族長が言い切ると、各氏族の代表たちは一様に暗い顔をした。倭国連合のやり方に憤りをあらわにしていた斧氏族の族長も、いざ戦わなければならないとなると、先ほどの勢いもすっかり枯れてしまっているようだった。
「いざ戦いとなれば私が王の代理として陣頭に立ちます。ゆえに各氏族には支援をお願いいたしたいのですが」
依夜が軍を率いて戦うことを宣言する。しかし、各氏族の代表たちはあまりいい顔はせず、支援の要請に対しても首を縦に振るものはいなかった。しばしの沈黙ののち、小刀氏族の族長が席を立つ。
「老いぼれには、長時間の会議は身体に堪えます。詳しい戦の計画については後日に話し合う事にしましょう」
その言葉に各氏族代表たちも頷いて席を立ち始める。
「……わかりました。今日のところはこれまでにしましょう。では、また後日、お集まりください」
何も結論が出ないまま、話し合いを切り上げようとする各氏族の代表たちを引き留めることができず、依夜は渋々会議の終了を告げた。
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