第12話 護衛団

 朝の目覚めは最悪だった。硬い地面にそのまま寝転んでいた所為せいで身体中が痛い。これは、なんて酷い嫌がらせだと優作ゆうさくはため息をつく。


「どうやら目を覚ましたらしいな」


 声のした方へ優作が視線を向けると格子の外にククルカが立っていた。その傍には金魚の糞よろしく友里根ゆりねの姿も見える。この二人はどうやら基本一緒に行動しているらしかった。


「起きてるんなら、さっさと返事しなさいよ」

「……起きてるよ」


 優作は気怠さを感じながら起き上がり、格子に近づく。「で、何か用ですか?」


「おまえには、今日から護衛団として私の配下に加わってもらうことになった」

「護衛団……?」

「私が率いる、依夜様直属の親衛隊のことだ」


 そんなものまでいるのかと優作は驚いた。それだけ依夜がこの国で高い地位にいるということなのだろう。実際に偉そうな感じが板についていたので、優作は納得した。


「その護衛団に入ることが、昨日言っていた俺の処遇ってわけですか」


 直属の護衛団に入れるってことは、自分を守れってことなのだろうか。あれだけ塩対応をしておきながら虫のいい話だと優作は思う。とはいえ、こんな時代でいきなり外へ放り出されるよりはましなので、ひとまずはよしとすることにした優作だった。


 ククルカが格子の錠を外して、外に出るように促してくる。


「で、俺はこれからどうすればいいんですか? 戦いの訓練をして、いざというときに依夜を守ればいいんですかね?」

「いや、まずはここの生活に慣れてもらう。私と友里根で最低限の暮らしの知識は教えるので、おまえはこの集落で自活できるようになれ」

「……ああ、なるほど」


 まずはこの集落のルール等を教えてもらわないことには始まらない。実際、優作は未来から来たので、この二人が思っている以上にこの時代の常識には疎い。そこをまずは調整していかないと、まともに生活することすら困難だろう。本当のところは生活なんかそっちのけで元の時代に戻る方法を探したいところだが、何も手掛かりがないので、とりあえずはここの生活に慣れて、それからしっかりと地に足着けて探すというのも悪くないだろう。


 優作はそれから数日間、ククルカや友里根にいろいろと教わりながら、この集落での暮らし方を学んでいった。

 護衛団の者は環濠かんごうで囲われた丘の上に居住区があり、そこで寝泊りをしている。普段の過ごし方についてだが、護衛団といっても全員が常に依夜の傍にいるわけではなく、交代制で数人が傍に控えるという形をとっていた。そのため非番の時は剣や弓の鍛錬を行ったり、集落や周辺を歩いて見回ったりするのが日々のルーティーンとなっている。オフの日は基本的には自由に過ごしていいようだ。


「食事は基本的に配給されるの。作るのが面倒なら、配給だけ受けていればとりあえず食べることには困らないわ」

「なるほど。友里根はどうしてるんだ?」

「あたしはいつも配給で済ませてるわよ」

「もしかして、料理できないのか?」

「はぁ? で、できるに決まってるじゃない! ただ、面倒だからやらないだけよ!」

「ふーん」

「……何よその目は。ぶった斬るわよ」


 数日間過ごす中で、優作は大体二人への接し方を掴んできていた。友里根はやはり年が近いだけあって話しやすい。だが、からかうとすぐ殴ってきたり、剣を抜こうとしたりしてくるので、そこらへんは結構加減が難しかった。


「ククルカさん、これは何ですか?」

「衣類用の染料だ。我が紗月国さつきこくでは衣類が交易の主要な品目になっているほど、衣類の生産が多く行われているからな。この家でも衣類の生産を行っているのだろう」

「なるほど。そうなんですか」


 ククルカは訊けば大抵のことは教えてくれるが、冗談を言えるような相手ではない。それに優作の直感としては、真面目なタイプが好きなんだろうなという印象を受ける。優作が熱心に話を聞いていると心なしか対応が柔らかく感じられる時があるが、逆にあまり興味なさそうに話を聞き流していると、表情が若干硬くなり、言葉遣いも少し冷たくなるのだ。


「これでだいたい必要なことは教え尽したと思うが、何か質問はあるか?」


 ククルカの問いに優作は気になっていたことを訊いてみる。


「あれから依夜の姿を見かけないんですが……」

「依夜様だ。呼び捨てにするな。……今、依夜様は重要案件を話し合うために毎日他の氏族の代表たちと会合を重ねている。ゆえにおまえが見かけることは無いだろう」


 紗月国は主に五つの氏族によって構成されている。


 ニシ氏族は紗月国の王家の血筋を守る一族である。その昔、紗月国の地に現在の王族の祖たる月人クンネチュプクルが雲に民を乗せて連れてきたという伝承がある。

 弓矢クアイ氏族はいにしえより東北の山々に暮らし狩りをしながら生き抜いてきた一族である。当代で最高の狩人は上座狩人ロル・マタンキクルと呼ばれ、氏族内では氏族長と並び称され、最上の敬意を払われる。

 小刀マキリ氏族は剣の扱いに長け、いにしえより戦場を渡り歩いてきた一族である。紗月国が他国といくさをする際には最も頼りとされている氏族だ。

 ムカル氏族は森を切り開き、木々を使った建築技術に優れた一族である。職人気質で大柄な者が多く、紗月国内での住環境の整備などを担っている。

 毛皮ルシ氏族は衣類生産に秀でた一族である。また、代々紗月国の祭礼さいれいを取り仕切る巫女を輩出している一族でもある。祈祷によって国の方針を占うこともあるため、紗月国内でも発言力が大きい。


 紗月国は王をいただいているが、政治的な方針に関しては基本五氏族による会合によって決定される。内容によっては五氏族同士で意見が対立し、会合が紛糾することもあり、そうなると依夜はそちらにかかりきりとなってしまう。

 それならは確かに、優作の前に姿を見せられないくらい忙しいのかもしれない。でも、そのことを優作は依夜から一切聞かされていない。ただ黙って放置されていたわけだ。まあ、いまさらそんな程度のことはどうでもいいかと優作は思った。護衛団ならいずれ依夜の警護役が優作にも回ってくるのだから、その時に今までの事もまとめてたっぷりと聞き出せばいい。


「そういえば、俺が護衛に付く順番っていつなんですか?」

「おまえは護衛に付く必要はない」

「え……?」

「戦闘訓練もしなくていい。おまえは問題を起こさないように暮らしていればそれでいい」

「なんですか、それ……じゃあ、なんで俺が護衛団に入るなんてことになったんですか?」

「よそ者であるおまえが、この集落で暮らしていけるように身分を保証するためだ」


 確かにこの集落で優作のようなよそ者が平然と暮らしていくためには何かしらの身分は必要だ。それが仮にもこの国のトップを護衛する者であるなら、十分すぎる身分に違いない。それに依夜の護衛に付かなくていいという事は危険な目に遭うこともないという事だろう。まさにいいことづくめに違いなかった。それでも優作は何か釈然としない、モヤモヤとした気持ちが胸の内に渦巻いていた


「本当に俺は、護衛団の一員として何もしなくていいんですか?」

「ああ。依夜様がそうおっしゃられたからな」

「え、依夜が……」

「おまえには戦闘訓練も護衛に付く必要もないと言ったのは依夜様だ」


 優作はこの特別待遇が依夜によるモノだと聞いた瞬間、無性に苛立ちが込み上げてきた。


(なんだよそれ。俺なんかじゃおまえを守れないから護衛には必要ないって言いたいのかよ。それとも、そうまでして俺を遠ざけたいのか)


 気にいらない。

 優作は自分から執拗に距離をとろうとしてくる依夜に対して、苛立ちを通り越して怒りすら感じる。

 依夜がそのつもりなら、優作にも考えがあった。


「……俺も、戦闘訓練に参加してもいいですか?」

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