第11話 依夜の心情①

 依夜いよは地下牢を後にすると、すぐ側にあった木に寄りかかった。そしてゆっくりと座り込む。それから周りに誰もいないことを確認すると、大きく深呼吸をした。


「……やっぱり、夢じゃない」


 依夜は嬉しさで頬がほころびそうになるのを必死で抑えた。まだ、ここでは駄目だ。誰の目があるかもわからない。俯いて、崩れそうになった表情を隠す。


「……ゆうくんに、また会うことができた。もしかしたら願いが、通じたのかもしれない」


 首から下げていた勾玉を服の内から取り出す。それは、先ほど優作ゆうさくが見せた勾玉とそっくりな造形をしていた。これは紗月国の王族に伝わる護り石で、不思議な力を宿しており、時に持ち主の魂を支えるとされている。

 確かにこの勾玉を握っていると心が落ち着くので、依夜はいつも想いが溢れそうになったり、王族としての重圧に挫けそうになったりした時にこの勾玉を握りしめて、心を落ち着かせていた。そして、この勾玉を握りしめながら優作ともう一度会いたいと願ったことも数えきれない。それが今、現実となった。この勾玉のおかげなのかはわからないが、とにかく願いが叶ったのだ。

 油断すると嬉しさが込み上げてきて瞳が潤みだし、涙がこぼれそうになる。しかし、誰かに見られるてしまうかもしれないこんな場所で泣くわけにはいかない。

 依夜はゆっくりと呼吸を整え、精神の安定に努めた。


「強くなれたと思っていたが……私もまだまだ未熟だ」


 依夜は常に張りつめていた緊張の糸が、あっさりと緩んでしまいそうになっている自分の状態に困惑していた。だがそれも、ある意味仕方のない事かもしれなかった。

 この時代にタイムスリップして以来、ずっと、心の底では会いたいと願い続けていた。それでも、この時代に来てすぐに見つけられなかった時点で、もう会えないのだろうと半ばあきらめていた。そして、自らの想いは封じ込め、自らが背負わなければならなくなった、この国の王族としての使命に生きようと思っていた。それからは王族としての重圧に晒されながら、常に自らを研鑽けんさんし、使命を果たさんとし続けてきた。それこそ魂をすり減らしながら。

 それが今日、想い続けていた相手が唐突に目の前に現れたのだ。平静でいられるはずがない。ましてや、顔を見ながら話をするなんてとんでもないことだ。そんなことをしようものなら、今まで抑えつけていた感情が溢れだし、まともではいられなくなる。

 そうなれば、今日まで作り上げてきた王族としての依夜は跡形もなく崩れ去り、また、無力なただの少女に過ぎない依夜に戻ってしまうだろう。

 だが、それだけは駄目だ。断じて許容するわけにはいかない。


(無垢な少女に立ち戻る権利など、今の私にはないのだから……)


 依夜はこの時代で王族としての使命を果たさねばならない理由がある。そのためにも、優作との再会を喜んで、今まで築き上げてきた王族としての依夜を崩すわけにはいかなかった。だから、まだもう少し、せめて面と向かって話をしても大丈夫なくらい、心が落ち着くまでは、優作との接触は控えておこうと依夜は決意する。


(大丈夫。私は我慢できる。やっと、ゆうくんに会うことができたんだ。私はまだ、頑張れる)


 依夜が立ち上がると、タイミングを見計らったようにククルカが声を掛けてきた。


「依夜様」

「く、ククルカ!? い、いつからそこに?」

「……今、来たところです。それよりも先ほど私が連れてきた男はやはり……」

「あ、ああ。以前私が探していた男で間違いない。……本当にありがとう」

「それはいいのですが、あの男の事はどうするおつもりで?」

「それなのだが、護衛団で面倒を見てやってくれないか。ああ、別に戦闘訓練とかはしなくていいし、私の護衛に付ける必要もないから。……私は、これから数日間は他氏族との会合もあって、面倒を見てあげられる時間が取れないので頼む」

「それは構いませんが、護衛団に入れるのなら、私の部下という扱いにしても?」

「うむ。そこらへんはククルカに任せる。……ただ、危険のないようにな」

「承知しました」


 ククルカは頭を下げると、この場から去っていった。それを見届けて、依夜も自らの邸宅へと戻る。その途中、何度か立ち止まり、優作ともっと話したいという衝動に駆られるが、何とか湧き上がる気持ちを抑えた。


(会合をこなして時間を置けば、このどうしようもない気持ちも少しは落ち着くはずだ。そうしたら時間を見つけて、紗月国さつきこくの依夜として、少しくらいは、ゆうくんと話すこともできるだろう)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る