第3章 迫りくる脅威

第10話 二人の距離

 依夜いよ優作ゆうさくの傍に立つと、気遣うような声音こわねで話しかけてきた。


「大丈夫か? ……すまない。末端の兵にまで、情報伝達が徹底されていなくて……」


 優作を拷問しようとしていた二人の兵士を追い払ったのち、依夜が申し訳なさそう顔をして謝る。


「……いったい、何だって言うんだよ」

「え……?」

「おまえは、本当に依夜なのか?」

「――ッ。それは……」


 依夜が口ごもる。何か事情があるという事はその反応からもわかった。だが、ちゃんと説明してくれないと、どういう状況なのか、いったい依夜が何を考えているのか、優作には全く分からなかった。


 それなのに依夜は先ほども何一つ話してはくれなかった。優作はわずかな憤りを感じて、依夜に対して睨みつけるような視線を向ける。すると依夜はおもむろに口を開いた。


「……ここが、昔の日本だという事は、ユウサクも気づいていると思う」

「ああ、それくらいはな。正直信じられないけど」

「実は私は、今から約二年前のこの時代にタイムスリップしていたんだ」

「は……?」


 依夜の言葉に優作は一瞬耳を疑う。聞き間違いでなければ、依夜は優作よりもずっと前からこの時代に来て、今日まで生きていたことになる。そんなことがあり得るのか。そもそもタイムスリップしたことさえ、まだ少し頭のどこかでは信じ切れずにいたが、それが更に二人がやってきた時期までズレていたとなると、もう優作の理解の範疇に収まるような話ではなかった。


「こんなことになった原因はわかっているのか?」


 口にしてから優作は、原因がわかっていたら二年もこんなところにいたりはしないかと思った。案の定、依夜は首を振る。


「わからない。ただ……」


 依夜は何か言いかけるが、途中で止めてしまう。


「なんだ?」

「いや、なんでもない」

「気になる話の切りかたするなよ。……というか、その喋り方、何とかならないのか?」

「しゃべり方?」

「前はもっとふわっとして、ちょっと抜けたような口調だっただろ?」

「……馬鹿にするな。私はもう以前の弱い私ではない。……ユウサクの知る依夜は、もういないんだ」

「なんだよ、それ」


 優作は依夜の突き放すような態度に眉を顰める。


(俺の知らない二年の間に何があったんだ。というか、二年もズレていたってことはこいつ、俺より年上になっちまったのか。……にしても、人って二年でこんなに変わってしまうものなんだな)


 以前の依夜は少し幼さが抜けきらない感じがあり、やたらと距離感が近かった印象がある。しかし、今の依夜は対照的にどこか冷たく、優作ともあえて距離を置いているような感じがした。事情も話さずいきなりそんな態度を取られていることが、何となく優作には気に喰わなかった。


「そんなことよりその格好は……もしかして私が崖から落ちてすぐ、ユウサクもこちらへ来たのか?」

「ああ、おまえが落ちたすぐ後、俺も崖から落ちたからな。それで気づいたらこの時代にいた」


 優作も依夜も崖から落ちてこの時代にやってきたのだとしたら、もしかするとあの崖に何か秘密があるのかもしれない。そう思った優作は、考えを口にしてみるが……。


「私もあの崖は何度も調べた。しかし、結局何も見つけることはできなかった。……ユウサクのことも」


 依夜の表情に影が差す。


(一応は俺のことも探していたのか。そりゃそうか。俺だって、依夜のことを探していたし……)


「まあ、でもこうして見つかったわけだし、よかったな。そういえばおまえがあの夜見つけた光の正体は、勾玉だったぞ」

「え……? それって、どんなだ」

「どんなと言われても……あれ、なんでポケットに入ってんだ?」


 優作が適当に手を突っ込んだポケットの中には何故か、あの時投げ捨ててしまおうとした、翡翠の勾玉が入っていた。


「これだよ。その勾玉っていうのは」

「な……これは!?」勾玉を目にした瞬間、依夜は目を見開く。

「ん、どうした?」

「い、いや、この時代でも見たことがあったから、つい……」


 今の依夜の驚き様は、それ以上の反応に思えたが、依夜はそう言ったきり黙ってしまう。今度もまた話してくれるつもりはないのだろうと考え、優作もこの話題は早々に打ち切った。


「……ふーん。じゃあやっぱりこの時代の遺物だったわけか。元の時代に帰ったら父さんに渡しておくか」


 優作は翡翠の勾玉を再びジャージのポケットの中にしまい込む。そこから二人の間には沈黙が続いた。すぐに優作が耐え切れなくなって口を開く。


「……で、おまえがここに来てから何があれば、今みたいな状況になるんだ?」

「今みたいな状況とは?」

「おまえが何故か国を治めていて、俺が牢屋にぶち込まれてるこの状況のことだよ」


 優作は煮え切らない態度を取り続ける依夜に苛立ちを覚えていた。知っていることをさっさと話してくれれば、状況の理解も進み、元の時代に帰る方法だって探せるかもしれないのに、依夜はなかなか知っていることについても、自分に何があったのかも話そうとしない。


「……今はまだ、話せそうにない。ユウサクの処遇については、明日決める」

「は……? どういうことだよ? というか処遇ってなんだよ?」

「今は、これ以上は……すまない」


 そう言って顔を背けると、依夜は優作の前から立ち去り、地上へと出ていってしまう。優作は追いかけようとするが、依夜と入れ替わりで入ってきた兵士たちに捕まって、再び牢の中に放り込まれてしまった。


(畜生……なんなんだよ!)


 優作は再び閉じ込められた牢屋の格子を力いっぱい蹴りつけて憤りをぶつけた。しかし、格子はびくともしないばかりか、蹴った足の方にかなりの痛みが襲い掛かり、優作はさらに苛立つ。


(あいつは、俺の知っている依夜じゃない……あんな奴、俺は知らない)

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