第9話 牢屋の中で

 目を覚ますと優作ゆうさくは暗くて湿った牢屋の中に放り込まれていた。陽の光も差し込まず、唯一の光源は木によって組まれた格子の向こうにある松明たいまつのみ。気を失う前に依夜いよが宣言していたとおり、優作は牢屋に入れられてしまったらしい。


「クソ……いったい、なんだっていうんだよ!」


 ようやく見つけた依夜は、優作の知っている依夜とは雰囲気がだいぶ異なっていた。いつも優作が依夜に感じていた幼さのようなものが感じられず、それどころか自分よりも年上にすら思える落ち着いた様子は、別人のように思えた。

 だが、それでも優作のことを認知していたように見えたことから、全くの別人というわけではないということは、何となくわかった。それ故に、依夜のこの仕打ちが優作には理解できなかった。


「なんで俺が依夜に、牢屋に入れられなきゃいけないんだよ」


 崖から落ちて頭でも打ったのだろうか。それとも優作が依夜に何か気に障るようなことでもしてしまったのか。何か理由がなければ、優作の知る限り依夜がこのような仕打ちをするとは考えられなかった。それとも……。


「もしかして、あれは俺が知っている依夜ではないのか……」


 幼馴染として十年来の付き合いがある優作にも、先ほどの見た依夜は、自分の知っている依夜とはかなり異なっている印象を受けていた。


「そういえば、他の奴らには依夜様なんて呼ばれていたよな」


 先ほど優作が目にした依夜は、優作がここにきてすぐに出会ったククルカや友里根ゆりねに敬意を払われていた。そして何より集落で一番大きな建物に住んでいた。それだけでもこの時代において相当の身分である様子がうかがえた。そこで優作はここに来る途中、友里根が口にしていた言葉を思い出した。


――


「ほら、着いたわよ。ここが紗月国の中心」

「紗月国?」

「依夜様が治めている国よ。間者のくせに忍び込んだ国の名前も知らないわけ?」


――


 確かに友里根はここが、依夜が治める国だと言っていた。あの時は集落の様子に見入ってしまって聞き流したが、もしその言葉を信じるなら、依夜はこの国の女王という事になる。いったい何がどうなって依夜が国を治めることになっているのかはわからないが、優作が今持っている情報では、このあたりまでの推測が限界だった。


 少し頭の中も整理できて来たので優作は現状について考える。


 自分自身が過去の時代にタイムスリップしてしまったであろうことは、何となく理解した。ここに至るまでに見てきたものが、そう判断せざるを得ない根拠となっている。しかし、タイムスリップしてしまった原因は不明。そして、依夜も優作と同じようにタイムスリップしてきたのだと思われるのだが、何故か国を治める女王になっていた。


(うん。改めて考えてみても、なかなか意味が分からない状況に陥っているな。これから俺はどうすればいいんだ?)


 優作がこれからのことに頭を悩ませていると、牢屋の外から足音が聞こえてきた。徐々に大きくなっていき、その音は牢屋にまで響いてくる。誰かがこちらに近づいてきているようだった。

 そのうち足音が二人分あることに優作は気づく。始めは依夜かと思ったが、二人だというのならククルカと友里根だろうか。しかし、格子から牢の中をのぞき込んできたのは優作の知らない者たちであった。二十代ぐらいの男が二人、優作のことを見ながら話し始める。


「こいつが、ククルカ様が捕らえてきたっていう間者か」

「牢屋に放り込まれているんだ。間違いないだろう」


 二人の会話から、自分がまたしても間者であると勘違いされているようだと思った優作は、誤解を解くために口を開く。


「あの、俺、間者じゃないですよ」

「あん? 間者はな、捕まったら最初はみんなそう言うもんなんだよ。――この伊奴国いなこくの犬が!」


 牢屋全体が揺れるような大声で男に怒鳴りつけられて、優作は驚き後ずさる。よく見れば、牢の中をのぞき込んでいた二人の男は、いずれも敵意に満ちた視線を優作に向けていた。

 まるで親の仇に対するような憎悪を向けられて優作は足が震える。今までの人生で、優作はそのような視線は向けられたことがなかった。容赦なく向けられる明確な敵意に優作は生まれて初めて心の底から、湧き上がるような恐怖を感じた。


「なあ、俺たちでやってしまおうぜ」

「いいのか?」

「なあに、ククルカ様達の手間を省いてやるんだ。まさか咎められることは無いだろうよ」

「それもそうだな」


 男たちは牢屋の格子に取り付けられた錠を外した。男たちが牢屋の中に侵入してくると優作は恐怖に顔をひきつらせた。


「な、なんだよ……」

「おまえは今から俺たちが拷問にかけてやる」

「は……? 拷問……?」

「そうだ。貴様には伊奴国の情報を洗いざらい吐いてもらうぞ」

「ちょ、待ってくれ。俺は伊奴国なんか知らない!」


 優作は必死になって否定するが、男はまるで聞く耳を持たない。「それはこれから拷問してみればわかることだ」


 男が優作の腕を掴み、強引に牢から連れ出そうとする。


「い、やだ。やめろ!」


 優作が牢屋から引きずり出されまいと必死に抵抗すると、もう一人の男が優作の腹を殴りつけてきた。あまりの衝撃に優作は膝をつく。激痛に涙が滲んで視界がぼやけた。


「ほら! さっさと立て! もう一発殴られたいか!」


 男に怒鳴りつけられて優作は無理やりに立たされる。痛みと恐怖で、すっかり抵抗する気力を失ってしまった優作は、引きずられるようにして牢屋から連れ出された。そして、牢屋がいくつか並ぶ通路の奥へと誘われる。一歩、また一歩と、強引に腕を引っ張られて優作は歩かされていく。


(おれは……拷問を、されるのか……)


 もはや恐怖に支配されてまともに考えられない優作は、ただただ身を震わせる。

 このまま拷問部屋にでも連れていかれるのかと、絶望していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「――貴様ら! ここで何をしている」


 振り返るとそこには怒りの表情を浮かべた依夜が立っていた。先ほどのひらひらした華やかな衣装とは異なり、ククルカ達が身に着けていたような動きやすい服装に着替えている。その立ち姿はとても凛々しかった。


「い、依夜様、なぜこんなところに?」

「その手を離せ。彼は伊奴国の間者ではない。私の……知人だ」

「依夜様の知人……? それは、し、失礼しました!」


 男たちは優作の手を離すと、脱兎のごとく走り去ってしまった。男たちの手から解放された優作は牢屋の格子を背に座り込んでしまう。


 そんな優作の傍に依夜はゆっくりと近づいてきた。

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