第8話 依夜との邂逅

 外で待っているという友里根ゆりねを残して、優作ゆうさくは高床式の大きな建物の方に連れていかれた。


(ここに依夜いよがいるのだろうか)


 歩を進めるたびに床板がわずかに軋む音が鳴る。通路を進んでいくと、いくつか部屋があり、その一つの前に立って、ククルカは戸を叩いた。


「依夜様。少しよろしいですか?」

「ククルカか。構わないぞ」


 中から聞こえてきたのは、まさしく依夜の声だった。しかし、どことなくしゃべり方に違和感があった。


(何というか依夜はもうちょっとふわっとした感じの口調だったと思うんだが……)


 優作が首をかしげていると、ククルカは続けて中にいる者へ伺いを立てた。


「実は依夜様にお目通りを願いたいと申してきた者がおりまして。その者も同室させても構いませんか?」

「ああ、問題ない」


 やはり聞き慣れない依夜の口調に優作は違和感を覚えた。偉そうな口調で話す依夜の言葉に、漠然とした不安感が湧いてくる。


「……何をぼさっと突っ立っている。依夜様から許しが出た。ついてこい」

「あ、はい」


 ククルカに促されて優作は依夜がいるという部屋に入る。

 そこには黒く艶やかな長い髪と白磁のように白い肌が目を引く、まるで大和撫子のような女性がいた。優作とククルカが室内に踏み入ってもしばらくはこちらへと視線を向けることなく、座卓の上に広げられた書簡を読み耽っていた。白と薄桃色で彩られた着物がとても似合っていて、その姿がまた絵になるような美しさだった。


 その女性は優作よりも少しばかり年上のように思える。書簡を見つめる瞳は同年代とは思えないほど大人びた凛々しさを感じさせた。そして垂れた髪の毛を耳にかける仕草がお姉さんっぽくって少しドキッとしてしまう。


(……やばい、この人結構タイプだ)


 優作は目の前の女性に見とれてしまう。しかし、すぐに今はそんなこと考えている場合では無いことを思い出した。それにしても、肝心の依夜はどこにいるのだろうかと、視線をさまよわせる。


「依夜様。この者が依夜様にお目通りを願い出たものです」

「え? 依夜がどこにいるって?」


 優作が疑問に思ってそんなことを口にすると、書簡に目を通していた女性がはっとした様子で顔を上げた。そして、優作のことをじっと見つめる。すぐにその瞳が驚いたように見開かれた。


「まさか……ユウ、サク……なのか?」

「え……? もしかして、おまえが依夜?」


 優作を見つめる女性の顔は、確かによく見てみると、どことなく輪郭が依夜にそっくりだった。それにしっかりした雰囲気に惑わされて気づかなかったが、声を聴いてみればそれは先ほど聞こえてきていたものと同じで、間違いなく依夜のものだった。


 予想外の出来事に二人して互いのことを見つめ合っていたが、数秒のち、不意に依夜が顔を背けた。


「おまえ、依夜なんだよな? どうしたんだよその格好? というか、ここは一体何なんだ?」


 優作は疑問に思ったことをとにかく口にしてみたが、依夜は顔を背けたまま何も答えない。


「なあ依夜、答えてくれよ。俺たちは……ぐっ!」


 優作はいきなり腹に衝撃を受けてえづく。横目に確認すると、どうやらククルカに腹を殴られたようだった。


「貴様。依夜様に対して無礼だぞ。わきまえよ」

「すいません……でも、いきなり腹パンしなくても……」


 苦しそうにしていると依夜がちらりとこちらを見て、一瞬心配そうな顔をしてきたが、すぐにまた優作の方から顔を背けた。そんな依夜の挙動に優作は困惑する。


「依夜様。この者はいかがいたしますか?」

「……牢に」

「かしこまりました」

「って、おいおいちょっと待て。今、牢って言ったのか? え、俺を牢屋にぶち込むってことなのか」

「静かにしろ。さっさとこちらに来い」


 ククルカに退出するように促されるが、優作は抵抗して声を上げる。


「ちょっと待てよ! なあ、依夜。俺は優作だ。わかっているんだろ!」

「……黙らないと次は意識を飛ばすぞ」


 ククルカに襟元を掴まれる優作。それでも優作は抵抗して、依夜に問いかけようとするが、次の瞬間にはククルカによって一瞬で意識を落とされてしまった。

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