第14話 弓の才能

 友里根ゆりねに次は弓だとうながされた。


「弓なら……剣よりはましか」


 優作は手にしていた木剣をククルカに返した。結局、剣で友里根に一撃を入れることなんてできなかった。それどころかまともに戦うこともできなかったのだ。こんな調子では、依夜に必要ないと言われても反論ができない。


 こうなったら、弓で挽回するしかないと気を取り直して、立ち上がる。


「弓は直接手合わせをする必要はない。ただ的を射るだけだ。弓を射たことはあるのか?」

「まあ、それなりには」

「じゃあ、手本は不要か」

「できれば一射くらいはお願いします。弓を握るのは久々なので」


 優作は中学から弓道をやっており、高校に入ってからも続けていたが、最近は勉強に追われていて、しばらく弓を握っていなかったのだ。


「そうか。では友里根、どうだ?」

「……あたしは弓が下手だって知っていますよね。というか弓に関しては、ククルカ様がこの国で一番の使い手なんですから、自分でやってほしいんですけど」

「それもそうだな」


 ククルカは肩から下げていた自前の弓を手に取ると、矢を番えて的に向けて構えを取った。その姿はスラリと美しく、そこから放たれた矢は風を切り、緩やかな放物線を描きながら的まで到達する。その矢は寸分たがわず、描かれた赤い円のど真ん中に突き立った。ゆうに五十メートルは離れている的に、事もなげに的中させる腕前に、優作は、おお、と感嘆の声を上げる。


「この距離で的の中心円を外すような者は護衛団の弓兵にはなれない。欲を言えば倍の距離でも中心を射抜くほどの実力が欲しいところだが……おまえには、期待しても無駄であろうな」


 護衛団の弓兵であれば、この距離でど真ん中は当たり前らしい。

 優作はククルカに訓練用の弓を手渡される。木剣に比べて、重さは大したことは無く、部活動で使っていたものより一回り小さい。

 弦の引き具合も調べてみる。問題なく引くことはできるから、矢が飛ばないということは無いだろう。後は狙ったところに届くかどうかだが。


 部活動で何度も繰り返してきた射の姿勢をとり、矢を的に向けて合わせる。久々ではあるものの、長年研鑽けんさんを積んできていた弓を引く感覚は体がしっかりと覚えていた。今手にしている弓がどれくらい引けばどのくらいまで飛ぶのか、基準となる感覚がまだないから、一射目はとりあえずお試しといった感覚で放ってみる。すると、ほとんど直線に近い放物線を描きながら飛び出していった矢は、的の右上に音を立てて突き刺さった。


「ほう。弓に関しては悪くない感覚を持っているな」


 ククルカが少し感心したように頷く。


「友里根よりも弓の才能はあるかもしれないな」

「何言ってるんですか。あたしだってあのくらいは……たぶん……それに、こいつのはまぐれ当たりかも知れないじゃないですか。こんなのきっと最初だけ……」

「まあ、そうかもしれないが」


 友里根は優作の矢が的に当たったのをビギナーズラックだと思っているらしい。そんな言葉はこの時代にはないわけだが、それと同じようなことを思っている様子だった。


 だが、それは違う。


(一射目の感覚はもう覚えた。今は風も吹いていないし、あれでやや右上に刺さってしまったのなら、中心に当てるには構えを若干左に修正して、力の入れ具合を気持ち押さえれば……)


 優作が二射目に放った矢は、ククルカが射抜いた矢に寄り添うような位置へと突き刺さった。今度は文句なく的の中心である。


「なるほど……思った以上におまえは弓の才能があるようだ」


 この国で一番の弓の使い手であるククルカに認められたように、優作には弓の才能があった。ただ、残念なことに高校に入ってからは弓道に取り組む時間が減ってしまったため、その才能が真に開花することはなかったが。


 弓では優れたところを見せられた優作は、友里根に向かってどや顔をしてみる。すると友里根は目に見えて不満そうな顔をした。


「二度もまぐれ当たりが続くなんて、ついてるわね」


 どうやら優作の実力を素直に認めたくはないらしい。

 優作は黙って弓を引き絞ると、再び矢を放った。その矢はど真ん中に突き刺さる。


「ま、また、まぐれが続いたわね……」


 もう一射放つ。またまたど真ん中。


「ま、まぐれよ……」


 さらにもう一射。当然ど真ん中。


「まぐ――」


 友里根の言葉を待たずに次なる矢が、小気味のいい音を立てて的の中心に突き刺さった。

 もう的の中心には矢が刺さりすぎて、赤く塗られた中心円が見えなくなっていた。


「……わかったわよ。あんたは弓ができる。認めてやるわよ」


 友里根はついに観念した様子で肩を落とした。


「大したものだな。その腕なら、おまえも弓の合同訓練には参加しても大丈夫そうだ」

「ありがとうございます。えーと、剣の方は……」

「言うまでもなく論外だな。その腕で参加されても訓練が停滞しかねない。ゆえに剣術の合同訓練への参加は認めない」


 剣の方は訓練に参加することができないらしい。弓と違って経験も何も無い状態だったのでこればかりは仕方ないと優作も納得せざるを得なかった。


「わかりました。でも弓がこれだけ使えれば護衛の当番には入れてもらえますよね?」

「それは無理だ。護衛は基本的には剣の腕が立つものでなければつとまらない」

「そんな……」


 護衛に参加できないのでは、いくら弓ができても仕方がない。とはいえ、敵に襲われた時のことを想定するなら、弓よりも剣の方が役に立つと言うのは至極当然のことなので、反論のしようが無かった。


 優作は剣が使えない。そして、訓練しようにも合同訓練に参加することを拒否されてしまっては、優作が剣の腕を磨く機会など、どこにもなかった。今まで剣に触れたことがない優作では、一人で訓練しようとしても要領が全くわからないのでどうしようもない。

 優作は完全に行き詰まってしまった。


(……駄目だ。このままじゃ俺は護衛には加われない。そうなると依夜に会うチャンスも作れない)


 優作は、それでも何とか護衛に加わることはできないかと頼み込んだが、ククルカが首を縦に振ることは無かった。

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