第22話 ククルカからの頼み

 ――なんだっていうんだよ。


 優作ゆうさく依夜いよの姿が見えなくなるところまで歩いて行くと目の前に生えていた木を思い切り蹴飛ばした。しかし思いの外、木が堅くて足に痛みが走る。


(そういえば牢屋でもこんなことしてたっけ……成長してねえな、俺)


 今の依夜とは話すたびに苛立ちを覚える優作。理由はわからないが、依夜は優作のことをどうしても遠ざけたいらしい。このままでは話を聞くことも難しいだろう。


「俺はいったい、どうすればいいんだ……」


 何故依夜にあそこまで避けられているのか、全く理由がわからない。それを聞こうにも、そもそも依夜とちゃんと落ち着いて話す機会を得ることができない現状では、どうしようもない。


「このような時間に外を歩いているとは珍しいな。どうやらあの話は本当だったらしい」


 優作が顔を上げると、いつの間にかすぐ側にククルカが立っていた。


「ん、何だその面は。何かあったのか?」

「いえ、その……何でもないです」


 優作は慌てて表情を取りつくろったが、いまさら過ぎて全く誤魔化しきれていないだろうなと思った。しかし、ククルカがそれ以上何か尋ねてくることはなかった。


「まあ、話したくないことであれば、無理に話す必要はない」


 ククルカは基本的には厳しい人ではあるが、こういった時などは気遣ってくれる優しさも持ち合わせていた。


「実は話しておきたいことがあったのだが、少し付き合ってくれるか?」

「ええ、いいですけど」


 優作は頷くと、ククルカに連れられて集落から出た。そのまま少し離れた森の中に案内される。そこは優作がこの時代にやってきた時にいた崖の傍で、ククルカたちに初めて出会った場所だった。


「おまえは私たちと出会ったとき、ここにいたな」

「そうですね。ここでいきなりククルカさんに呼び止められて、弓矢を向けられましたね」

「そうだったな。……ところで、一つ訊くが、どうしてこんなところにいた?」

「え……?」


 ククルカが真剣な目つきで優作のことを見据える。その瞳はいったいどんな答えを求めているのだろうか。

 とりあえず優作は、当たり障りのないよう、ありのままの答えを口にしてみる。


「崖の上から落ちて……」

「な……」


 優作の答えを聞くと、何故かククルカは驚いたように目を見開いた。


「二年前の依夜様と同じ答えだと……やはり、そういうことなのか」

「え……? どうしたんですか?」

「言っておくが、この高さの崖から落ちて、あのように無傷でいることなどあり得ない。そのことをおまえは認識しているのか?」

「それは……確かにそうですね」


 優作は元いた時代で崖から落ちて、気がついたらこの時代の、この場所にいた。だから実際には目の前に見えるような十メートルを超える大きな崖から落ちたわけではない。


「実は依夜様も二年前、皆の前から姿を消した後、この崖で発見されたことがあった。そのときは酷く錯乱していたそうで、自分は崖から落ちたのだと言っていた、と発見した者に訊いた」

「それって……」


 もしかして、二年前にこの時代に来た直後の依夜なのではないか。


「少しの間、依夜様はまるで人格が変わられたような振る舞いをしていた。もっともそれからすぐ後に起きてしまった二年前の戦争の折から、少しずつ、元の依夜様のような振る舞いへと戻っていったが……そうなる前に一度、私は依夜様がぽつりと呟いた言葉を今でも覚えている」


 ククルカがいったん言葉を句切り、真剣な目で優作を見つめる。


「元の時代に戻りたい。ゆうくんにもう一度会いたい――と、確かにそう言っておられた」


 それを言ったのは間違いなく、優作の知っている依夜だ。依夜はいつも優作のことをゆうくんと呼んでいたのだ。それが二年前にあったという戦争をきっかけに元の依夜……つまり優作の知らない今みたいな依夜になっていったということは、その時にきっと何かあったのだろう。


「二年前の戦争の時に、いったい何があったんですか?」

「それは……私から話すべきことではないな」


 ククルカはそう言って、二年前に依夜に何があったのかについては話さなかった。


「やっぱり、依夜の人格がなぜ変わってしまったのかは、本人に訊くしかないのか」

「……一つ訂正しておくが、依夜様の人格は変わってなどいない」

「え……?」

「変わったのは、二年前、崖の傍で発見されたその時だけだ。そこからは二年前のあの時以降であっても本質的な人格は変わっておられない」

「どういうことですか?」

「それは……いや、自分の目でしっかりと依夜様のことを見て、自分自身で真実を見極めてみろ」

「いや、そんなことを言われても、俺は依夜に、護衛は不要だと面と向かって拒絶されちゃいましたし」

「そうであったか。だが、依夜様は本気でおまえのことを拒絶したいと思っている訳ではないはずだ」

「え……?」

「何せ、依夜様は私に直々におまえのことを頼むと言ってこられたくらいだ。しかも、危険がないように取り計らってくれとも念押しされた。おまえのことをよほど心配していたのだろう」

「そうだったんですか……」


 それならなぜ、冷たく接してきたり、避けられたりしているのだ。依夜の本心はどこにあるのか。優作はまたしてもわからなくなってきた。


「まあ、本心のところは私にはわからぬが、依夜様がおまえを気に掛けていることは確かだ。だからこそおまえにも頼みたいことがある」

「何ですか」

「依夜様の意思には反するやもしれぬが、おまえにも依夜様のことをいざという時には守ってもらいたい」

「でも俺は護衛の当番にはつけないんじゃ……」

「今朝、友里根から剣の手ほどきを受けたのだろう? 昨日、友里根が私の元へやってきてな。自分がユウサクに剣術を教えるから、護衛の当番に入れてやってくれと頼んできたのだ」


 友里根がそんなことを……。ククルカに会ったとき最初に口にしていたあの話というのはどうやらこのことだったようだ。


「それに依夜様がいかに拒絶しようとおまえは私の部下だ。ゆえに人事権は私に一任されている。私が護衛しろと命じれば依夜様とて、正当な理由なくおまえを護衛から外すことはできない」

「そう、なんですか。じゃあ、俺は依夜の護衛に付くことができるんですか?」

「そういうことになる。無論、剣術の鍛錬を欠かさず続け、見合う実力を身につけることが前提の話ではあるがな」


 まさかこんなところから助け船が現れるなんて、思いもしなかった。友里根にも今度お礼を言っておかないと。

 依夜の護衛に付くことができるのなら、依夜が驚くくらい強くなって、護衛くらい問題なく務まるというところを間近で見せつけてやろうと決心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る