タマユラ ~“おもい”と“かくご”のものがたり~
さかまち
第1部
第1章 ある夏の日に
第1話 真夏の提案
七月も終わりに差し掛かるころ、
「優作、もう夏季休暇に入ったのか?」
「ああ、五日前くらいから夏休みだけど」
てっきりいつものように、「そうか。課題は早めに終わらせておけよ」的なことを言って立ち去るのかと思いきや、栄次郎は優作の勉強部屋に入ってきた。
いつもと違う様子を訝しみ、優作はちらりと栄次郎の方を見る。この暑い中、長袖長ズボンの作業着に身を包んだ栄次郎はタオルで額に浮かび上がった汗を拭きながら、机の上をのぞき込んできた。
ますますいつもと違う行動に不信感を覚え、優作は尋ねる。「何か用?」
「実は優作に、とっても素敵なアルバイトの話を持ってきたんだが」
栄次郎の格好とアルバイトという単語から、優作は嫌な予感がした。栄次郎が優作に対してこのパターンで話を切り出してきたことは今までに二度あった。そしてアルバイトの内容は毎度同じ。となれば今回も……。
「明日から一週間、遺跡の発掘に行くぞ。日給はとりあえず前回と同じで一万だ。もちろん来てくれるよな?」
もちろん行きたくない。何を思ってこんなクソ暑い時期に炎天下の中で延々と穴掘りをしなければならないのか。
しかし優作には即答することを躊躇ってしまう事情があった。
「もうお金も心もとなくなって来た頃合いだろう? ここらで稼いで、残りの休みはパーっと遊んできたらどうだ?」
栄次郎はしっかりと優作の金銭事情を把握しているようだった。事前に相手の懐事情を把握したうえで交渉してくるところが何とも憎らしい。その周到さに思わずため息が漏れる。
優作は今、せっかくの夏休みなのに金欠で何もできない状態だった。幼馴染と久しぶりに出かける約束もあったが、それすら行けるか怪しい状況だ。
それは前期の間、アルバイトをしていなかったことが大きい。優作としてはアルバイトをしたかったのだが、二年生に進級して以来、部活動が本格化し、勉強の方も当然難易度が上がった。そのため、アルバイトをしながらの両立が思っていた以上に大変になってしまい、いずれも中途半端になってしまうことを危惧した親がアルバイトの許可を出さなかったのである。
せっかくの夏休みなのに、優作はお金がなくて遊びに行くこともままならない。
そんな現状で七万はでかい。大金だ。
悪魔のささやきが脳に響く。
優作が今置かれている状況(金欠)を思えば、苦労を押してもやる価値はあった。
「……わかった。いけばいいんだろ」
「おお、助かる。ちなみに課題の方は大丈夫なのか?」
今更それを聞くかと思った優作だったが、それこそ今更食って掛かっても仕方がないので、当たり障りのない返答する。
「休み前からコツコツやっていたから、もうほとんど終わってるよ」
「さすが私の息子だ。では、心置きなく発掘できるな!」
別に発掘がしたくて課題を早めに終わらせたわけではないのだが。
ともあれ、金に困らない夏休み後半をエンジョイするために優作は明日から一週間、肉体労働に従事することになった。
栄次郎が部屋から出ていって、ものの数分もしないうちに、机の隅でスマートフォンが振動する。優作が課題の手を止めてちらりと視線を向けると、振動は一度では収まらず繰り返し続いていた。どうやら着信が入ったようだ。
優作は充電器に繋いだままのスマートフォンを手に取り画面を見る。そこには『
「……依夜か? なんか用か?」
『ゆうくん、明日ヒマ? よかったらその、前に約束した一緒にお出かけとか、どうかなって思ったんだけど』
「ああ、悪い。明日はついさっき用事が入った」
『え、ついさっき? ……じゃあ、明後日とかは?』
「悪いけど夏休み前半の予定は全部埋まった。ついさっき」
『ちょ、ついさっき、いったい何があったの!?』
「ちょっとな」
別に隠すほどのことでもないが、言うほどのことでもない。
『もう、夏休みは一緒にお出かけしようって約束してたのに。ゆうくんのばか!』
ばかって、おまえとのお出かけとやらのためにも金を稼がなきゃいけないんだが、と優作は不満げに思う。そんなことを言うなら――。
「じゃあ、おまえも一緒に来るか?」
『え、一緒にって、例のついさっき入った用事に?』
「そうだ。金はかからない、というかむしろ報酬が出る。ちなみに泊りがけだ」
『と、泊りがけ⁉ ……わ、わかった。わたしも行くよ』
「え……マジで」
まさか依夜が乗ってくるとは思っていなかったので、優作は驚きの声を上げた。
「一週間くらいの旅行になるぞ?」
言ってから、内容的には旅行というよりどっちかというと、合宿の方がしっくりくるかと思う優作。すると、受話器の向こうからボソッと依夜が呟くのが聴こえてくる。『ゆうくんと、旅行……』
「いや、やっぱり旅行といえるほど、楽しいものではないや。他にも知らない人が結構くるし」
同じように遺跡の発掘アルバイトとして雇われた人たちと行動を共にしなければならないので、どうしても気苦労を感じることもある。自由行動もほとんどできないし、泊まるところは共同だ。これが何日も続くと結構疲れる。
『知らない人? ……その用事って、どんな人と一緒に行くの?』
「そうだな。いろんな世代の人がいるけど、意外と大学生とかが多いかな」
休暇中の大学生とかが割と参加したりしている。前回も春休み中に参加したが、大学生が多かった印象だ。そういった大学生たちは、おそらくは大学で考古学の教授をしている栄次郎のゼミに所属する学生のツテで参加しているのだろうと思われる。
『……それって女の人もいるの?』
何故そんなことを聞くんだと優作は思ったが、依夜も参加するのなら女性の話し相手がいた方がいいのかと納得し、前回参加したときのことを思い出しながら答える。
「そうだな……。前回参加したときは何人かいたな。そういえば、美人の女子大生がいて、一緒にお話ができたのはいい経験だった」
優作は年上好きのため、女子大生にはちょっとした憧れを抱いている。今回も女子大生と話ができるかもしれないと思えば、面倒な発掘のアルバイトも少しは前向きになれる優作だった。
『……ゆうくん。それ、わたしも絶対行くから』
なぜか依夜は決意の籠った声でそう宣言してきた。それから、詳細はメールしてといって、依夜は電話を切ってしまった。何やら少し怒っていたような感じがしていたが、いったいどうしたのだろうか――。
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