第15話
「申し訳ありません……少しお花を摘みに参りますわ」
「……はい……」
そう言ってパルロア様は少し早足で温室を出ていく。
断りのタイミングを逃した私は、何とか返事を返すと急激に襲い来る眠気と必死に戦っていた。昨夜もしっかり眠ったのに、眠くなるなんて……。
少しボーっとしていた為、パルロアと入れ違うよう入ってきた人物に声をかけられるまで気がつかなかった。
それは……。
「ロザリア」
「……アーサー様……?」
かろうじて声の主が理解できる程の思考は残っているが、眠気のせいで思考回路が鈍っている……耐える事はできるけれど、とても眠い……。
「何故……ここに……」
◇
「……なんでお前がここに居る」
ジャスティンは不機嫌な顔を隠そうともせず、ロザリアの部屋でソファに座っていた人物に声をかける。
「ロザリア様は外出中ですよ」
「そんな事は聞いていない」
ジャスティンは苛立つような声を目の前にいる人物……マルチダに向けて放つ。
「ここは皇后の部屋だ。離宮へ戻れ。衛兵!」
そう叫び兵を呼ぶジャスティンに対し、貴族らしからぬ大きな笑い声を出す。
兵の声どころか足音さえも聞こえない事に対し、ジャスティンは眉間に皺を寄せる。
「臣下はきちんと教育しないと……ねぇ?ジャスティン様」
そう言ってマルチダはジャスティンに歩み寄り更に畳み掛けるが、ジャスティンは先ほどの言葉に対し、瞳に冷たい光を宿す。
「あたしは分かってる……あなたがずっと孤独だって事を」
「……お前は……何者だ……?」
間者か何かかと疑い、眉をひそめるジャスティンに対し、満面の笑みを浮かべるマルチダ。
「あたしは知ってるだけ……貴方を慰められるのは、あたしだけって決まっているんだもの。ロザリア様じゃ無理よ」
だってゲームではそうだったもの、とマルチダは心の中で思う。
天涯孤独状態の皇帝陛下を慰めるのはヒロインだ。確かにここはすでにゲームの世界ではなく、皇帝を助けたのが平民だったヒロインのあたしではなく悪役令嬢のロザリアだった時点で変わってるかもしれない。
でも、悪役令嬢がジャスティンを慰められるとは思えない。
「あたしの事が好きでしょう?」
だってあたしはヒロインなんだから。
なのに――。
◇
お父様が監視役で良かった。
だって事情は少し調べれば分かるから。
それに、監視と言っても、常に一緒にいるわけではなく、騎士に任せているだけ。
お父様は執務室で仕事をしている事が多く、その合間に二人の相手をしているだけだ。表向き、それなりに対応しているかのように。
誰かの立ち入りも制限していたりしていたそうだけれど、そこまで厳しくはなかったし、私が出入りしている事は簡単に口止めできた。
詳しい事情を周囲に話していなかったおかげでもある。
更に言うなれば二人が問題を起こさないよう、自由に出歩かないようにするために閉じ込める為の監視だったから、お父様が訪れない時間帯に二人に会いに行き情報を集める事は簡単だった。
いつどこからならば隙を突いて二人を外に連れて行けるのだろうか。
仮にも隣国の王太子だからか、そこまで厳しい軟禁ではなかったのも幸いだった。
お父様には悪いけれど、あの二人を出してさえしまえば、あとは二人が勝手に問題を解決してくれると思った。
ロザリアはアーサーに。
マルチダはどうせジャスティンに切り捨てられるだろう。
そして私は、何があっても自分はただ見つけただけだと言わんばかりの対応をすれば良い。
お咎めは多少あるかもしれないけれど、私はただ二人と話していただけ。二人を外に出しただけ――。
あとは何が起こっても、二人が勝手にやったこと……。
◇
「僕はマルチダに騙されたんだ!このままでは王太子の地位を剥奪される」
アーサー様はそう言って近づいてくる。立って逃げようと思うも、眠気のせいか視界も定まらず足に力も入らない。
少し頭も揺れる気がする。何とか毅然とした態度を保とうと思うが、自分が真っ直ぐな姿勢を保っているかどうかも分からない。
「だからロザリア。僕とやり直そう。一緒にディスタ国へ帰るんだ」
意味が分からない。どうしてそこで私とやり直すという発想が出てくるのだろうか。
「騙されたなどと……」
「父上がロザリアは虐めなんてしていなかったと。更にマルチダは上位貴族の教育すらも進まない」
「アーサー様が……証言だけで……自分でお決めになった事です」
王太子という地位にありながら、平等な目線で見る事なく。
証拠という確かなものを調べる事もせず。
地位を持ち、権力を持つ者として、そう判断して大勢の前で宣言したのだ。
「っ!!ロザリア!!!」
アーサー様は私の名前を叫ぶと乱暴に腕を掴み、椅子から引き離したかと思うと、そのまま地面へ押し倒した。
衝撃が身体に走り、痛みが駆け巡る。
何とか抜け出そうと力を入れるも、思うように力が入らない。きっと力ではアーサー様に勝てないとは分かっているけれど……。
パルロア様は、まだお戻りにならないのだろうか。
そう思い、姿勢を扉の方へ向けると、アーサー様はそれに気がついたかのように口を歪ませながら顔を近づけ囁いた。
「どうした?ロザリア。まるで睡眠薬を飲んだかのように眠そうだね」
睡眠薬――。
そう言われ、まさかと思う反面、自分の具合にピッタリ当てはまる事が分かる。
きっと眠る程ではない少量なのだろう。眠いけれど眠れないような。
油断した。
今の状況が良くない事は痛感している。あまりの悔しさについ唇を噛み締めた。
「ロザリアが表情を崩すのは珍しいな。そんなに悔しいか」
アーサー様が歪んだ笑みを見せながら、ドレスの裾から手を入れ太腿をまさぐる。
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