第6話
そうだ、私毎日楽しんでいる。卒業パーティからまだ一ヶ月程しか経っていないのに。
とても悲しくて悔しくて……でもその時の事を思い出しても、胸が痛む事はない。そもそもアーサー様、もとい王太子殿下に対しては思うところもなく。臣下として、貴族として、婚約者として、未来の王太子妃として。そんな私ではなく私に付随するようなものの為だけに動いていた。
今思えば、大事にされなくて当然かもしれないとさえ思える。
私を私として見てくれる、目の前にあるティン様の笑顔につられるように、私も笑顔になるのだった。
◇
ヒソヒソヒソ
コソコソコソ
次はどんなジャンルの本を読もうかと、今日は侍女に車椅子を押してもらい図書室に連れて来てもらったが、周囲から密やかな声や笑い声が聞こえる。
とても小さい声だとしても、静寂に包まれた図書室では耳に響く。
今日はどこかのご令嬢が多いから少しばかりのお喋りを楽しんでいる為、騒がしいのかと思いながら美術書と帝国で人気だという小説を数冊手にとって素早く図書室を出ようとした。
令嬢達の目線がチラチラとこちらを向くので、私にとって何か良くない噂話でもしてるのだろうと思い、気分が良くないし居た堪れない気持ちになるからだ。
「早く戻りましょう」
「ちょっと待ちなさいよ」
車椅子を押してくれている侍女に声をかけると、呼び止められる。
令嬢達の間から、黒い髪を靡かせた令嬢が私の前に出てきた。元々つり目だろう目元は、私を睨んでいるのか更にキツくなっている。
「貴方がディスタ国からいきなりやってきて皇后の部屋に住んでいる図々しい噂の恥知らず令嬢?」
確かに周囲から見るとそう見えるのかもしれないけれど、こちらとしては皇帝陛下の申し出であり、それを無下に断る術などないようなものだ、と反論したい所でもあるが相手が誰か分からないので口を閉ざす。
そもそもが名乗られても居ないのだ。それがアルロス帝国のマナー違反である事も、ここ数日の書物で理解していた。諌めるのは周囲に居る令嬢達か家の者に当たり、私が言うべきことでもない。
まぁ、いきなり初対面の人を罵るのを礼儀とする国があるのならば、それはそれで罵声蔓延る国になりそうだ。
侍女に回って進むよう目配せすると、それに気がついたのか令嬢は更に目を吊り上げてきた。
「何とか言ったらどうなの!?たかだか属国の公爵令嬢が!」
そう怒鳴ると私は腕を引っ張られ、驚き手を伸ばそうとしている侍女の姿を目の端に捉えながらも車椅子から落ちてしまった。
膝から落ちたおかげで、怪我をしている足首に負荷がかからなかったのは不幸中の幸いか。しかしながら現在はみっともなく四つん這いの姿になっている。
怪我をしていない足の方へ重心を預け素早く立ち上がろうとした所、床についている手を令嬢に踏みつけられた。
「病弱の構ってアピールでもしてるの?あんたは床に這いつくばってるのがお似合いよ!」
「っ!」
手に痛みが走る。痛みに少し息を飲んだが、声を漏らす事もなく表情を変える事もなく、ただ黒髪の令嬢を見据える。周囲の令嬢は嘲笑うだけで何もしない。
情けないと思わないのか。今現在自分達が何をしているのか理解していないというのだろうか。
「なんとか言いなさいよ!」
「こんな事をして恥ずかしくないのですか?」
「あんたに言われたくないわよ!」
「属国とは言え皇帝陛下の客人を勝手に踏みつける礼儀が帝国にあるとは、どの書物にも載っていませんでしたが?」
「なっ!」
同じ土俵に立つ気もなかったが、足をどけてもらわないと立ち上がる事もできない為、反論を試みてみると、言い返せないのかどんどん顔を真っ赤に染めていく。
「何してる」
そんな時、皇帝陛下であるティン様の声が図書室に響いた――。
「ジャスティン……!」
「何をしているのかと一応は問うたのだが?まぁ見れば分かるけどな」
令嬢はティン様を呼び捨てにすると真っ青な顔をした。周囲にいる令嬢達も顔を俯かせて震えている。
「皇帝の客人を踏みつけるマナーなんて俺も知らん。どけ!」
そう言ってティン様は問答無用で令嬢を突き飛ばし、私の手を取って抱き抱えるように立たせてくれた。重心はほぼティン様に寄りかかっている為、足への負担はない。
相変わらず私に対しては優しく接してくれるようだが、先ほどからティン様が発する声はとても低く感情が篭っていないような冷たさを感じる。
「何をするの!ジャスティン!」
「呼び捨てにする許可を出した覚えはない!」
「パルロア様っ!」
ティン様が鋭い瞳で令嬢を睨みつけた為、令嬢は少しだけ怯む。
周囲に居た令嬢達は今更になって慌てて止めようとしている。
やっと絡んできた令嬢の名前を知る事が出来たのだが、その名前に少しひっかかりを覚えた。
確か――……。
「なんでなの!ジャスティン!私達は従兄妹じゃないの!」
「だからなんだ。どけっ!」
「ヒッ!」
前皇帝陛下の弟、ウォーリア公のご令嬢パルロア・ディ・ウォーリア様か。
人を見下す態度はアーサー王太子殿下を見ていたから納得出来る部分もある。
親の身分を笠に着てふんぞり返っているのだ。虎の威を借るように。
ティン様は令嬢達に冷たい声をかける反面、私を優しく抱き上げる。決して足に負担をかけないように。
「リア。手は大丈夫か?すぐに医師を呼ぶ。部屋に戻るぞ」
「大丈夫ですよ。そこまで痛くはありません」
そして優しい声色で声をかけてくれるのを聞いたパルロア様は顔を真っ赤にして震え出した。
「認めない!そんな女!私はずっと一番近くでジャスティンの事を見ていたのよ!この女に何が分かるというの!?」
そう叫ぶパルロア様に視線を向ける事もなく、足を進めようとするティン様。
すでに私からパルロア様の顔はティン様の胸元に阻まれて見る事すら出来ない。
「ジャスティン!貴方は誰のおかげで皇帝陛下になったと思っているの!お父様を敵に回すおつもり!?」
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