第5話
「ティン様……ここは……」
「うん。皇后の部屋だね。観念してねリア。警備の関係を考えても、とても良い場所なんだ」
私がティン様とアルロス帝国に行くと決まってから、使用人達の働きは素早く、翌日には見送られてしまった。
皇帝陛下だと分かるような馬車ではない為、パッと見どこかの高位貴族に見える旅路なのだが、やはりそこは各地へお金を落とす事も仕事なので、一週間の行程をのんびり二週間かけて帝国に渡った。
その間、歩けない私を常に抱き抱え移動し、護衛に付いている騎士達だけでなく、行く先々でも人々に暖かい目で見守られていて恥ずかしさで精神力が削られる日々だった。
しかしながら、ずっと王太子妃教育等で外へ出た事がなかった私としては、外の世界や食べ物、街の様子など目に映るもの全てが真新しくて、そんな時は羞恥心より興奮の方が勝り色々とティン様に話かけ質問していたりした。
全くもって単純な話なのだが、そんな私の様子をずっと見ていても嫌な顔どころか終始蕩けた笑顔を見せるティン様にドキドキさせられっぱなしだった。
思えばアーサー様に対してこんな感情を抱いた事はない。誰かを好きになるって、こういう事なのかな、なんて初めての感情に分からないながらも自問自答しつつ、何故かこの気持ちに懐かしさを覚えていた。
日々色々な初めての感情を目の当たりにして戸惑っている中、城へ着いたかと思いきや抱き抱えられ案内されたのは皇帝の隣、皇后の部屋だった。
「足りない物があれば用意させる。気に入ってくれると良いんだけど……」
公爵家より広い部屋にあるソファへ下ろされる。
一流の家具が使われているのは見て分かる程だが、嫌味とならない程度に細かな所はディスタ国の物も使われているし、色調等は私の好みに合っていた。
というか、自室のような色使いだった。
「何か……色使いが私の好みで落ち着く部屋です……」
「良かった!ブラッドリー公爵にリアの好みを聞いて揃えていたんだ」
「……え?」
少し恥ずかしい気持ちで答えると、まさかの答えが帰ってきた。
それは私の為に用意したとも取れる答えになるのだけれど、深く読みすぎているのだろうか。いや、でも言葉の表面だけ取ってもそう聞こえる。
いきなり帝国へ来た私の為に準備したと言うには、早馬を飛ばして連絡したにしては、あまりにも時間がなかったと思えるのだけれど……。
狼狽える私に気がついたのか、隣に座り抱き寄せ私の肩に顔をうずめた。
「……すまない。怖がらないで聞いて欲しい。リアがディスタ国王太子の婚約者になったと知っても諦めきれなくて、リアがこの部屋に住む事を夢見ながら、リア好みに揃えていたんだ……」
驚いた。そこまで準備されていたなんて。
むしろ他の女性がそれを知って使用する事になっていたら……なんてことまで思ってしまう。
「嬉しい……リアがこの部屋にいる……幸せだ……」
「ありがとうございます」
密着している部位から、ティン様の身体が少しだけ震えているのが分かる。
喜びに打ち震えているのだろうか、心の底から幸せだと思ってくれているのだろうか。そう思うと心が暖かくなる。
◇
森の中に小さな男の子が倒れている。
幼い私は駆け寄り、お父様と何か話しているのが見えるが、その声は私の耳にまで届かない。
場面が変わり、ブラッドリー公爵家の庭園で仲良くお茶をし話す二人。
とても楽しそうに笑っているのが見える。
あれは、私。
なら相手は――?
◇
薄ら明るくなる部屋で目を覚ました。ちょうど陽が登ってきたような時間なのだろう。
優しい暖かな光がカーテンの隙間から漏れている。
――……夢?
幼い自分と誰かが居たような気がする。ハッキリと思い出せない。
隣国へ来て、早一週間が経とうとしている。
足の状態を見るに、まだ歩いてはいけないと言われ、椅子に車輪がついたような車椅子という物に乗せて移動させてもらっているが、いつも押してもらうのも悪いと思ってしまい結局部屋に篭もりがちになってしまっている。
しかしここはアルロス帝国。ディスタ国とはまた違った蔵書があり、しかもここはお城なのだ。
城の中にある図書室は広く、蔵書の数は計り知れず、読書に勤しみ楽しんでいる。
「今日は帝国の歴史書か」
「えぇ、帝国独自の作物に関しての本は読み終わりましたの」
「帝国に興味を持ってくれて嬉しいな、リア。」
今日は侍女の方々に帝国の歴史が書かれている本を持ってきてくれるよう頼み読んでいたら、ティン様が仕事の合間にお茶をしに来た。ティン様は休憩時間には毎回私のお部屋にお茶をしに来てくれる。そして隣に座るので、とても距離が近く、いつもドキドキしてしまう。
そして今日は私が帝国の本を読んでいる事に気がついて、嬉しそうに笑みを浮かべているティン様に対して、ますます顔が赤くなっていくのが分かる。
ただこれだけの事で、こんなに喜んでもらえるなんて……。
「……ディスタ国の本はほとんど読み終わってしまっているので……新しい知識をつけられたらと……」
恥ずかしくて、思わず言い訳めいた事を言ってしまう。
「そうなのか?凄いなリアは。昔から努力家だったのは知っているが」
そう言ってティン様は私の腰に手を回して引き寄せる。
ますます早くなる鼓動がバレないかと思いながら、赤みを増す顔を隠すように俯く。
「可愛いなリアは。そろそろ足も回復に向かっているそうだ。歩けるようになったら街へ行こう。案内するよ」
「本当ですか!?」
嬉しくて顔を上げたら、目の前にティン様の顔があり、また慌てて俯く。
動悸が激しくてこのまま死んでしまうんじゃないかという位に息苦しい。
そんな私の様子に声を押し殺し笑っているのか、ティン様の身体が少し震えているのが分かる。
最近、貴族令嬢らしからぬようになってきている気がする。ティン様に甘やかされて、表情も出やすくなっているのではないか。そう思って自分の手で顔を触っていると、大きな手が頭を撫でた。
「素のリアが良いんだよ。悲しんでなさそうで良かった。毎日幸せそうに笑っていて欲しい」
優しい笑顔で、慈しむ声で囁かれる。
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