第7話

 存在すら無視されるようなティン様の態度に対し、更に喚くパルロア様。

 焦り止めようかどうしようかとオロオロしていた周りの令嬢は、その言葉に動きを止めるが、内容はただ父の権力を笠に着ているだけだと気がついていないのだろうか。

 それとも、大公閣下は娘を溺愛して見るべき真実に目を瞑るような人なのだろうか。


「大公はそのような人ではないよ」


 黙って考えていた私の思考を読み取ったかのように、ティン様が囁く。


「……では、閣下の品格を落としているだけですわね」

「あぁ……まぁ娘が可愛いのか多少の事には目を瞑っているのは確かだがな」

「……多少でしょうか?」

「さすがに今回は多少ではないな。周辺諸国と何かあっても可笑しくない」


 確かに、こんな事が普通だと思っていれば他国から客人を招く度に恥を上塗りする事になる。

 皇帝としての仕事も大変そうだなと思いつつ、今はティン様の優しさに甘え、部屋まで大人しく抱き抱えられていった。





 ◇




 手を踏まれた事から、しばらく様子を見ようと言われてから一週間立ちました。

 読書や食事をするに支障はなく、痛みも特になかった為に大した事がないという判断で、本日はティン様と街へ行くことになった。

 この一週間、ティン様は休みを作る為に夜遅くまで仕事をしていたようで、少しだけお疲れの様子が見られたものの、用意が終わった私を見て顔を輝かせている。


「着飾ってなくとも、リアは可愛いな!」

「ありがとうございます」


 見た限り貴族と思われる良い服を着てはいるが、まさか高位貴族と思わないだろうシンプルな装いをしていて、少し恥ずかしくもあったけれど、それ以上に笑顔で微笑みかけ手を差し伸べエスコートしようとするティン様に未だ慣れず頬を赤らめた。


「無理はするなよ。痛むようならすぐに言え」

「ずっと歩いていませんもの。少しは歩かないとなまってしまいます」


 痛みも腫れもなくなったと言えど、いきなり街歩きは無謀と言う事で、馬車で移動しつつ店内を少しずつ歩くというリハビリを兼ねた探索になった。

 一ヶ月以上、少しは足を動かしていたが、筋力が衰えすぎてもヒールを履いて歩く事やカーテシーを保つ事に支障をきたしてしまう。

 まだ少し心配そうなティン様に対し、微笑ましい気持ちになりつつも甘えようと言葉を紡ぐ。


「訓練に体幹を意識して立ち姿を保とうと思いますでの、申し訳ありませんが痛み出したら助けて下さいますか?」

「あぁ!勿論だ!すぐに言え!リアはすぐ我慢するからな!」


 嬉しそうに破顔させ、ティン様が答える。

 くすぐったい感情が身体を駆け巡る。こんな甘えた事を言う自分が嫌ではないし、それに答えてくれるティン様に嬉しい気持ちさえ沸き起こる。







 初めて見るアルロス帝国の街は、ディスタ国に比べるととても栄えていた。

 人々は溢れかえり、街には活気があって賑やかな声が聞こえている。

 商店街を馬車が抜けている間、ついつい窓の外を眺めお店のウィンドウに飾られているものを見ては目を輝かせていた。

 野菜や果物と言った作物も違うのが分かる。さすがに頻繁に街へ繰り出す事もなければ、実った状態で見る事も少なく、常に調理されたものばかりだったが、書物で見た物が並べられているのだ。

 更に服から小物までもがディスタ国の流行とは少し違い、パッと見ただけでも分かるほど細工も細やかだった。


 ティン様に連れられ入った洋服店で店員に色々聞いて、次に入った宝飾店でも目移りをしてはしゃいでしまった。

 帝国へ来て認識したけれど、どうやら私は新しい知識を入れるのがとても好きなようだ。知らない事を知るのは、とても楽しい。

 そんな私を見てティン様は部屋で見比べるのも良い勉強になる等と良い、ドレスを数着、宝石もいくつか購入して下さった。

 ティン様の色は漆黒か紅緋なので全体的に暗くなる為か、私のはちみつ色か紺碧を中心としてアクセントに漆黒か紅緋を入れていた。


 ティン様の独占欲丸だしな買い物に更に喜んでいて気がつかなかった。

 散財させていたという事実に――。

 ランチに入った店の個室で我に返り、その現実を直視してしまい落ち込んでしまった心を見透かしたかのように、ティン様が微笑む。


「忘れてるのか?俺はリアに求婚してるんだ。当たり前に受け取ってほしい」

「そう言われましても……」

「それも男の甲斐性だろう」


 返事もしておらず、現在私とティン様の関係はアルロス帝国に療養を兼ねて滞在しているディスタ国の公爵令嬢でしかなく、しかも王太子殿下に婚約破棄を言い渡された傷者令嬢でもある。しかしティン様にそう言われてしまうと無下にも出来ない。

 申し訳なさの中には確かに喜びという気持ちもあり、もどかしくも気恥ずかしい気持ちにもなる。


「笑顔でありがとうと言ってくれれば、それで良い。ただそれが見たいが為の自己満足だ」


 食前酒を傾けながら笑うティン様に言われ、少し肩の力も抜ける。

 確かに贈り物と言うのは相手に喜んで欲しいという見返りを求めたものだな、と納得した部分もあるのだ。


「ありがとうございます」


 素直に喜ぶ事にして、贈られた物を思い浮かべると自然に微笑みが出た。

 そんな私を見て、ティン様は驚いたような表情になった後、顔を少し赤くして微笑んだ。少したりとも私を見逃したくないとでもいうように。

 そして出てきた料理を見ては、どの食材が使われているのかという説明と共にアルロス帝国でしか取れないという作物も使われており、その味に舌鼓を打ちながら楽しんで食事をした。


 雑貨店を見てアルロス帝国特有の雑貨をいくつか購入した後、お菓子でも買って城でお茶にしようかと言う話になったのだが、通りに大きな噴水がある広場を目にし、そこへ行きたいと伝えた。

 噴水を中心に円状の大きな広場にはいくつかの露天が出ていたのだ。

 貴族特有のお店も良いけれど、平民に向けたものにも少し興味を持った。パッと見ただけでもディスタ王国より平民の暮らしも良さそうで、売っているものも可愛く見劣りしないような物ばかりだったのだ。

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