第9話
「ありえない……」
人形のように立っているだけの侍女に目もくれず、ただ独り言を呟く。
一番の推しは隠しキャラである帝国の皇帝だったのだ。勿論マルチダはジャスティン一択で攻略するつもりだったのに、ジャスティンとの出会いとなる救出イベントである場所にジャスティンが居なかったのだ。
この世にジャスティンは存在していないのか……。
そう思い諦め、アーサーの攻略を始めたのに……そして卒業パーティで婚約破棄をしエンディングを迎えるだけだと思っていたら……。
(ジャスティンが存在していたなんて!しかもロザリアを助け出すってどういう事!?)
悔しさに唇を噛み締める。
何もかも上手くいかない。
アーサー攻略に必要となる悪役令嬢ロザリアからの虐めは起こらないし。王太子妃となる為に必要だと思ったから学園で勉強も頑張っていたのに、いざ高位貴族の勉強を始めれば全くついていけない。
そんな惨めな事実だけが残っていた。
「マルチダ、お茶でもどうだい」
「アーサー!」
ノックの音と共に、アーサー様の声が聞こえて、マルチダは勢いよくドアを開けた。
そんなマルチダにはしたないと注意する声はなく、マルチダについている侍女も、アーサーについている護衛も、侮蔑の表情を少しだけ見せる。
「もうこんな牢獄のような生活は嫌だよ~!ずっと勉強勉強で、ほぼ軟禁状態だもん!」
そう言ってアーサーに寄りかかる。
早くあたしを助け出して!
それに……。
「ねぇ!帝国へ行きたいわ!皇帝陛下が心配だもの!なんでロザリア様なんか……早く助けないと!」
ジャスティンに会いたい。会って攻略したい。
あたしの最推しだもの!悪役令嬢の事を何故ジャスティンが助け出したのかも気になるし!
アーサーの腕にしがみついて、必死で訴えるが、アーサーは視線を彷徨わせているだけだった。
いつもの強気な力強さがない。
「マルチダ……帝国へ行くなんてそう簡単な事ではないよ……それよりもまずは勉強を頑張って欲しい」
「頑張ってるわよ!!」
更に頑張れというアーサーに対し、苛立ちを募らせた。
頑張っても頑張っても進まなくて、課題だけが溜まっていく。
アーサーとお茶をする時くらいしか休めなくて、これ以上どうしろと言うのか。
「そんな事より!また炊き出しでも行いましょうよ!勉強も大事だけれど、民の方が大事でしょう?」
前世では炊き出しが行われていた事があるため、卒業パーティの後に行った事がある。
人は食べなければ死んでしまうため、大盛況だった。
王太子とその婚約者として、顔見せにもなれば良いと思ったし、実際評判の為というのもある。
何故か卒業パーティ以来、周囲から遠巻きにされるのだ。貴族だけでなく執事や侍女までもから。
「いや……それは……」
アーサーはまたもハッキリ答えない。
俯いて何かを考えているようにも見える。
「ねぇ!」
上手く行かない攻略に苛立ちながらも、アーサーの腕に更に密着するように身体を摺り寄せる。
ゲームの中では存分に甘やかしてくれた、お兄さんタイプのアーサーは、今じゃただの頼りない弟みたいに思えてくる。
こんなはずじゃなかったのに……。
あたしが攻略したアーサーってこんな人だったの?
がっかりした気持ちになりつつ、ジャスティンを攻略する為にもアーサーは必須なので、しばらくは一緒に居なければ……。
一人で帝国になんて行けないし、馬車で行くにもお金がかかる……。
自分の評判を戻す事とジャスティンを攻略する事を考えていると、ノックの音が聞こえる。
侍女が対応してくれ、こちらを向いて言った。
「国王陛下がお二人をお呼びです」
「え?結婚式の事かな?」
呼ばれる理由が全く思い浮かばず、あるとすればアーサー関連の事だろう。まさか結婚式?せっかくジャスティンに会えたのに!
内心焦るあたしは、隣で真っ青になりながら震えるアーサーに全く気が付く事もなく、謁見室へ一緒に向かうのだった。
アーサー様と二人、謁見室へ通される。
未だに慣れない貴族の挨拶や礼は元日本人にとってはしんどいものだったりする。どうして頭を下げるお辞儀じゃ駄目なんだろう……などと思考を逸らしていると、国王からやっと声がかかった。
「顔を上げろ」
周囲には護衛だけでなく上位貴族に見える者も何人か居るのが見えた。
「どうして呼ばれたか理解しているか」
「アーサー様との結婚式ですか?そんな事より、ジャスティン様を助けないと!ロザリア様に騙されているに決まってます!」
「黙れ!!!」
険しい顔をした国王に怒鳴られる。
周囲も眉をひそめ小声で何やら囁いている。気分が悪い。
「申し訳ありません!!!」
怯えたようにアーサー様が国王に頭を下げている。どうして謝っているのか理解できない。
「お前は人を見る目がないのだな。自分で全うな婚約者も選べぬか。そもそも仕来りも知らぬときた」
「どういう事ですか?」
「王族は伯爵家以上のものとしか結婚できぬ。王位を継ぐにしても、臣籍降下するにしてもだ」
「そんなの差別じゃないですか!」
あたしの問いに対する返答がただの差別に感じて、そう声を荒げると、国王は盛大なため息をついた。
「臣籍降下するならば生活の差に大変な思いをするからだ。次期王太子妃であれば優秀ならばと思えば……全く進んでいないではないか!!」
「申し訳ございません!」
後半、怒鳴るように叫んだ国王に対し、アーサー様は反射的に頭を下げ謝った。
え?王太子妃教育?読んでも読んでも全く理解できなかった、あの難しい課題のこと?
「全く理解できぬようだからと上位貴族の勉強をさせても一切進まぬ。所詮男爵令嬢程度のマナーと教養しかない」
え?上位貴族?何?上位貴族はあの問題を軽々とやってのけると言うの?
私は悔しい思いを胸に抱いていた。じゃあロザリアは出来ているというのだ。
でも……教養だけが全てじゃない筈!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。