第8話
「飲み物を買ってくる。ここで待っていてくれ」
馬車で入ってこれない為、少しだけ歩き噴水近くのベンチに座る。ここならば周囲を見渡し何があるのか一望でき、気になる店にだけ行けば良い。
ティン様が飲み物を買ってきてくれる間に何処へ行こうか視線を彷徨わせる。色んな露天があり、ついつい目移りしてしまいそうだ。
「本当、第二王子様様だよなぁ~」
「あぁ、あのまま第一王子が皇帝陛下になってたらどうなってたか」
「第二王子が皇帝陛下になってくれたおかげで、俺らの暮らしも豊かになったな!」
近くで昼間からビール片手に喋っている男達の声が聞こえる。ティン様の事だろうか?そう思うと、つい聞き耳を立ててしまう。
まぁ、そんな事をしなくても自然と聞こえてくる距離と音量なのだが、意識してその声を拾おうとしてしまうのだ。
「ったく、誰が皇帝陛下を冷酷なんて言うのやら」
「元王妃と第一王子の方がよっぽど冷酷だったよな~」
「俺らの暮らしも散々だったしな」
「生きてる事が奇跡のようだ」
色んな噂が流れているようだ。確かアルロス帝国の皇帝が変わったのは数年前だったと思う。当時の皇太子と王妃が排され、皇帝が責任を取って退き、第二王子が皇帝になった筈だ。
人々が噂をしているのは、どうやら第一王子と王妃を追いやったのはティン様らしい。
皇族の酷く派手な暮らしや毎晩開催されるような夜会。更には税も次々と引き上げられ、際限がなかったらしい。
飢え、スラムが蔓延し、生き残る為に他者を害する行動が民の中で増え始め、各地で暴動も起きたそうだ。
そこへ第二王子が皇帝となり税は引き下げられ、国庫に蓄えてあった食材を各地に配り、スラムを整え、親が居ない子どもは孤児院へ送りその時に孤児院には寄付もしっかりしたそうだ。噂を聞く限り、その時には国のお金はすでに底をつきていたのではないだろうか。
……一体、ティン様はどんな生活を送っていたのだろうか。
ディスタ王国に流れてくる表面上の情報と、現地での噂話とでは、これほど情報量も違えば感じ方も違うのか。その分、捉え方も変わってくるだろうが。
ふいにパルロア様の叫び声が蘇る。ティン様を一番近くで見てきて、理解していると。
悔しさに唇を噛み締める。私は何も知らないし、ティン様と過ごしていたという過去も覚えていない。
「……リア?」
ティン様は私の様子が違うと思ったのだろうか、不思議そうに声をかけ歩み寄ってくると、近くの声を耳にし、自分についての話だと分かるとカップを放り投げて抱きしめてきた。
「……聞かなくて良い」
そう言うティン様の表情は少し寂しそうで、胸に鈍い痛みを感じた。
一体何を抱えて、何を思っているのだろう。
ティン様の背中に手を回し、胸元に顔をうずめた。少しでも支えになりたい、助けたい。私で癒されてくれたなら――。
ピクリと、ティン様の身体が揺れた気がした……後、ティン様の腕に力が込められ、強く抱きしめられる。
「――リア」
苦しそうなティン様の声。
ふと、耳鳴りがする。目の前が揺らぎ、脳内に映像が流れ出す。
幼い影が見える。近寄ってみると鮮やかな赤に染められていて、それが幼い男の子だと分かった。
黒髪の少年は、血の気を失った真っ白な顔をしていて。血の赤以外、まるでモノクロの世界のように見える……。
その子に触れると、自分の手までも赤に染まる。
赤、赤、赤。
赤だけが鮮明で、思わず泣き叫ぶ私の声に少年は薄ら目を開けると……その瞳までも赤く――。
「リア!?」
ズキンッと、鈍く強い頭痛に襲われたと思ったら、その後もまるで鈍器に殴られているかのような痛みが続く。動悸に合わせるかのように襲ってくる痛みに涙を滲ませながら、私はティン様の腕に抱きしめられながら、痛みに耐えかねて、そのまま意識を失った――。
◇
「もぅ嫌!」
マルチダは叫んで、机の上にあった本を侍女に向けて投げつけるも、その飛距離は短く、侍女に届く前に本は床へ落ちてしまった。侍女は表情すら変えないで、そのままそこに立っている。まるで人形のようだ。
明日までに終わらせろと与えられた課題は山のようで、机の上には資料となる本が山積みになっている。
マルチダは現在、ロザリアに冤罪を着せたという罪もあるが、卒業パーティという大勢の貴族が居る前でアーサー王太子と不貞を働き婚約者になったという事実がある為、王城で監禁されたかのように勉強漬けになっていた。
学園の勉強なんて目じゃない程に難しく、これは高位貴族なら当たり前の教育だとも言われた。妃教育は更に上を行くとも。
冗談じゃなかった。
どれだけ勉強をしても理解できないのだ。自分の勉強方法が自分に合っていないのかとも思ったが、自分に合う勉強方法がそもそも分からない。
それは前世、日本に住み暮らしていたマルチダにとっては当たり前かもしれなかった。
そこそこ勉強して、それなりに頑張って、赤点なんて取れば補習さえ受ければ留年しないで済んだりするのだ。それこそモンスターペアレント様々だった。迂闊に誰かを留年させれば親が学校へ怒鳴り込むのだ。
こちらの世界も権力を笠に着た貴族が裏で同じような事をしているのは知っている。どこの世界も似たようなものなのだろう。決して本人の為にはならないが。
王城での暮らしは息がつまるようだった。
学園では、ロザリアの悪い噂が当たり前で皆それを信じている位に蔓延していたのだが、王城で働いている人達はそうではない。そんなものは嘘だと知っている。
冤罪をかけたという罪の上、どれだけ頑張っても進まない教育が拍車をかけ、周囲には常にロザリアと比べられ、それを下回っている現実に苦痛な思いをするだけだった。
自分を落ち着かせるように深呼吸をする。
前世、自分がプレイした事がある乙女ゲームの世界とこの世界が同じだと言う事には、記憶が戻ってすぐに気がついた。だって自分がヒロインの名前だったのだから。
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